2007年05月31日

急がれる対応 鵜.3

山形県の内水面行政に勤めている方々(県学芸員含め)は、公務員であり、とても研究者とは思えません。勤務時間でしか魚に対峙しない方々ばかりなのですから。

秋田県と宮城県、福島県で内水面行政に勤めている方々は、県学芸員含め、民間と協力して土日を利用してブラックバス駆除活動や各種シンポジュームを開催して、情報交換を頻繁に行っています。全国的な組織もありますが、山形県の内水面行政に務めている方は、誰も参加していません。秋田市で魚類学会が開催された時には、山形県の内水面行政に勤めている方は1名しか参加してませんでした。

NPO鶴岡淡水魚夢童の会の岡部夏雄氏は過去に二冊の本を出版し、県外の県内水面行政関係者や魚類研究者には知られた人物です。とある県の試験場にも岡部さんを知る研究者がおり、その方の所に山形県内水面試験場の方が研修に来られたそうですが、「岡部さんのことを知らないのでビックリしたよ」と言ってました。山形県の内水面行政に勤めている方が岡部さん宅を訪問することはありません。山形県の内水面行政の務めは水産業であり、水産業に関係無いザッコの生息環境調査や保護、環境保全活動は職務に含まれていないからです。とはいえ、郷土の本くらいは読んでほしいものです、岡部さんの本は献本もされているのですから。


2005年、赤川の鮭の簗場でスモールマウスバスが採捕されました。赤川水系には荒沢ダム、月山ダム、八久和川ダムがあり、既にブラックバスは生息していますが、冷水と流水への対応力が高いスモールマウスバスが下流で採捕されたことで、生息・繁殖している可能性がでてきました。それでも「被害届けが出されたら善処しますが、現状は、今後も山形県は生息調査を行わない」と公言しています。ちなみに秋田県と宮城県、福島県では対策を取っています。

その一方では、赤川漁協から精査にだされたスモールマウスバスの個体は「貴重な資料として保管したい」として、赤川漁協に返還されることもなく、内水面水産試験場で冷凍保存しています。でもまあ、これは許しましょう。でも(独)中央水産研究所(分かり易くいうと昔の水産省)には、スモールマウスバスの対策係りが設置されており、此処では全国各地のブラックバスやブルーギル、スモールマウスバスのDNAが調べられ、密放流の経由分布が判明しているそうですが、赤川で採捕された個体を中央水産研究所には資料提供してないんです。だから頭にくるんです。

問題の一つに、“敵のことを誰も知らない”ということがあります。仮にも山形県の淡水魚専門機関といえる内水面水産試験場がですよ、民間から精査依頼された個体を、「貴重な資料として保管したい」ということはおかしいでしょ。標本が欲しければ自分で調査して獲ってこいと言いたい。同時に、赤川漁協もスモールマウスバスを知らないなんて、滑稽です。

外来魚問題があるわけですから、チラシを配るだけではなく、ブラックバスやスモールマウスバス、ブルーギルやギギなどの標本を漁協等関係各所に配るとかの対応があって叱るべきです。今回の鵜のハミ跡なんて、良い例ですよ。淡水魚の調査には、釣り人の協力(情報提供)が欠かせません。絶滅危惧種であるウケクチウグイも同じです。釣り人も『ブラックバス』『スモールマウスバス』『ブルーギル』『ギギ』『鵜』『ウケクチウグイ』を、知っている気になっているだけなんです。これは行政の手落ちでしょ(1尾だけですが、ブラウントラウトも庄内で採捕されているんですよ。何処から来たんだー!)。駆除活動しなくても、外来魚に関心あるなら自ら調査しろよ。美味しい所だけ取るな。フィールドに出てこい。

鵜が定着したら終わりぞ。今度こそ起ちあがれ。動け、働け、山形県!
『全国でも成功例は少なく、駆除の成果は望めなかった』などと詭弁語って仕事サボるなよ!!

今度の鵜は、確実に水産業である鮎を直撃します。かといって鵜の有害駆除は、カラス以上に、思うようにはいきませんよ。カラスと鵜を食べる人はいないでしょうから関心が薄く、おまけに庄内の鵜の営巣地は、恐らく海の磯場でしょうから、卵のすり替え作業も効率よく上手くできるかどうか。既に被害が出ている関東以南の地方から対応策を教えてもらい、今年のシーズン中から行動を起こしてほしいものです。


オリジナル画像が探せず、小さい画像で恐縮ですが、2005年8月に鬼怒川で撮影した鵜の群れです。

一眼レフで撮影してCDに焼いたので、オリジナルは画像が大きかったので、羽数を数えることができました。556羽でした。これは最大級でも何でもなく、ごく普通に、このサイズの群れが幾つも飛行していくのです。

我々が今出来ることとしては、鵜の営巣地を見つけて県に報告することかと考えます。  

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2007年05月31日

急がれる対応 鵜.2

山形県の水産係(内水面の水産担当部署は、水産課から水産室となり、今は水産係です)と内水面水産試験場は、ブラックバス問題や在来種の生息環境調査・保全には一切関わりません。なぜなら「水産業に関係ないから」です。

ただし、「ブラックバス等、水産業に悪影響が報告され、被害届が出されれば、対処を検討します」と公言しています。その一方では「個人および管理者がいる民間の所有地に、県民の税金を使うことは出来ません」とも言いました(『緑税』とは正反対な主張ですね)。

では一体誰がブラックバス等による被害届を提出できるというのでしょう。民間の所有地以外となると、該当するのは行政の管理箇所になりますが、行政が其処で水産業を行っているわけはありませんから被害が生じることは有り得ません。敢えて存在するというのなら、米沢の内水面水産試験場と冬期間閉鎖する大江町古寺の孵化場、遊佐町のニジマスセンターくらいなもんです。要するに端から遣る気がないのです。

こんな山形県水産係と鶴岡市は、2006年12月25日に合同で、赤川漁協にもマスコミ各社にも通達することもなく内密で大山地区の溜池でブラックバス駆除行為を行いました。なにゆえ外部に内密で行ったのか。それは私のような口うるさい民間人を黙らせるためであり、行政は無関心ではないという対外的なポーズ造りのためです。一度でもブラックバス駆除行為を行えば、公文書に記録を残せますからね。

今回駆除活動した溜池には、数年前まで絶滅危惧種であるシナイモツゴが生息していました。ブラックバスの密放流が確認された初期の段階で県と鶴岡市には報告され「シナイモツゴ保護のためにブラックバスの駆除を行ってほしい」と陳情されたのですが、上記理由から駆除作業が行われることはありませんでした。ほどなくシナイモツゴは絶滅してしまいました。でも、民間からブラックバス駆除要請が有ったことは事実です。

『絶滅危惧種であるシナイモツゴの生息確認は、県の調査では確認できませんでしたが、ブラックバスは確認できましたので、民間の要望通り駆除行為を行い、要望に善処しました。』と報告されては、全てが真実であり、反論できません。(笑)

今回の駆除では40cmを越えるブラックバスも採捕され「こんなデカいのも獲れたよ」と笑顔だったと聞きます。鵜も、現状では民間から被害が報告されていない現状なので、被害が拡大して魚が釣れなくなってから対策を取るのかもしれません。『今日はアユが10尾も釣れたよ。鵜への対策が功を奏して、ツ抜けできました。という喜びの発言が聞かれた』と公文書に記録し、主旨と視点をまやかし成果を誇張するために。(^^;  
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2007年05月30日

急がれる対応 鵜

身欠きにしんさんが、鵜に襲われた岩魚を釣りました。私も他の川で今年3月に鵜に襲われた岩魚を釣っており、これは庄内の川の存亡が掛かる重大な問題です。

添付画像は2005年8月に鬼怒川で釣ったニジマスですが、夏休み期間なので、誰かがヤスで突いた跡かと思いました。『1本ヤスとはツウな奴だな』と感心していたら「これは鵜だよ。鵜から襲われた跡だよ。」と鮎梁のオヤジさんに教わり、ビックリしたものです。だって40cmはあるニジマスまでも鵜は襲うんですよ。

鵜は渡り鳥ではありません。その地域に棲み着いてしまう鳥です。つまり1年中居るわけです。庄内地方の川は、最上川以外は小中河川が多く、基本的に浅く流れも穏やかで、潜って魚を獲る鵜にとっては格好の漁場です。また、漁協や県は、魚が棲める環境造りよりも、放流による資源確保を事業主体としてやってきました。今日は青龍寺川に成魚のニジマスを500尾ほど赤川漁協が放流していますが、こういう放流活動が、今後は鵜にエサを与える餌付け事業に成り下がってしまうのです。

このまま初期対策を誤れば、不法投棄のゴミがゴミを呼ぶように、カラスがカラスを呼ぶように、鵜が鵜を呼んでしまい、庄内の川から魚が居なくなってしまいます。魚が居なくて釣れない川に釣り人は来ませんから、漁協の収入も減り、放流尾数も減ってしまい、悪循環に陥ります。

私の主張は決して大袈裟なものではありません。関東以南の川鵜の被害をネット検索して調べて見て下さい。鬼怒川では鵜の実態も奇しくもみてきましたが、恐ろしい数の群れが上空を往来し、人気無い淵や瀬を、信じられないくらい統制で追い込み漁を繰り広げていました。あれでは鮎も居なくなるわけです。

庄内地方では、最上川と相沢川の合流点で漁が目撃されているそうです。私は上空を100羽近い群れで遡っていく姿をみただけですが、何処かを襲撃しているのは確かです。山形県には迅速なる対応を求めたいのですが、これが動かないんだなあ、山形県は。(笑)  
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2007年05月30日

これからどうしましょ

日本桜草の花も終わり、少し葉も枯れてきました。自然界では葉が生い茂り、休眠にはいるころでしょうか。水も余り遣らなくて良い時期のはずです。今日は午後から雨の予報でしたが、今朝は晴れています。少し悩みましたが、水遣りをしました。

私が持っている白い日本桜草は何処から来たのか。日本桜草が庄内に自生していたのか否か。それに関心があるだけで、園芸が趣味でもなく、これから日本桜草をどう育てていく(管理していく)のがベストなのか、今イチ解りません。長年プランターで育ててきた方々は「え〜、そんなこと考えたこともない。あまり手間暇掛けないで、どっちかというと、そのままだの」とのことでした。

昨年も今の場所でこのまま育てて、今年もちゃんと花が咲いてくれたので、もう暫くはこのままで居ようと思います。
  
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2007年05月29日

山形県メダカ情報センター

山形県メダカ情報センターという組織があります。山形城北高等学校の先生たちが立ち上げた組織で、「名称に‘山形県’とありますが、山形県は関係しているんですか?」と尋ねたら、「山形メダカ情報センターでも良かったのですが、‘山形県’メダカ情報センターとした方がカッコイイかと思って付けました。山形県は無関係です」とのことでした。

山形県メダカ情報センターが発足した当初、庄内地方のメダカ生息地の情報提供を求められ、生息地情報を伝えました。そして1年が経った頃、「山形県メダカ情報センターに集まった生息地情報をください」と申し出たところ「メダカは絶滅危惧種に指定されている貴重な魚なので、他の人には、生息情報を教えないことにしてあるので、駄目です。」と断られてしまいました。

情報の独り占めに憤慨しましたが、人としての問題でもあり、組織の方針ということで我慢しました。しかし、その後、天童市の佐藤酒店の佐藤政則氏とともに、メダカの密放流と譲渡を始めたことは、容認できません。これは由々しき問題です。

生息地情報はくれない、自分たちは勝手に密放流を繰り返す。この行為により本当に昔から生息していた自生地が判らなくなってしまいました。例えば、A池のメダカが絶滅した。幸いにも近所の方がA池のメダカを飼育しており、再びA池に放流しようとしたら、メダカが泳いでいた。果たしてこのメダカはA池の生き残りなのか、否か。どっちにしろ、近所の方が育てていたA池のメダカは、放流できなくなってしまった分けです。つまり、山形県メダカ情報センターと佐藤氏によって、山形県のメダカは壊滅状態となったのです。

しかもメダカは1種類しかいないというのに、宇宙メダカは許すとしても、青メダカ、白メダカ、ピンクメダカだと勝手に分類して「メダカは現在30-40種類います」等と言うに至っては、閉口するしかありません。


物事を悪くいう言動は、今の日本社会では蔑むべき悪い行為です。学校の先生や懸命に活動されている佐藤氏と私とでは、私の方が非常識な人間なんでしょう。でも、教師であるなら、公に活動されるなら、周囲に与えてしまう影響に配慮して、もっと環境保全について勉強してから行動を起こすべきです。

私は魚釣りもしますし、一般の人よりは魚に詳しいから、こんな辛口なことを書いていますが、何も知らない一般の大人は、学校の先生や懸命に活動されている佐藤氏の主張を、鵜呑みにしてしまうことでしょう。親が鵜呑みにしてしまうと、親を信じて子供まで鵜呑みにしてしまいます。自然を憂う気持ちがある大人は、子供のためにも真実を見極めてほしいと願うばかりです。


佐藤氏はインターネット上で、下記のように発言しています。
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皆さんはメダカを見つけたことがありますか? 昔、どこでも見られた小川に泳ぐメダカ。 今は在来種の日本メダカは壊滅状態なんです。 泳いでいるのはほとんどメダカじゃなくて小魚です。 まだ残っている在来種を県内で探し、17匹より始めた メダカを沢山増やして、小川いっぱいにメダカを蘇らせようと 夢を追っている私です。
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何を持って『壊滅状態』と言えるのか、何処を調査して『泳いでいるのはほとんどメダカじゃなくて小魚です』と言えるのか。メダカを沢山増やして密放流を繰り返すことが、本当の解決策でしょうか。なぜメダカが壊滅状態なのか、その原因を探ることが大切ではないでしょうか。そういうことが解らないから、判ってない人たちが家根合地区のような保全池を造ってしまうのです。

メダカに限らず、生き物をシンボル(出汁)に使って活動しては、いけないのです。  
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2007年05月28日

余目町家根合メダカ保全池

余目町の家根合地区は、以前は庄内地方最後の素堀の用水路地帯として、メダカなど多くの魚種がたくさん生息していました。しかし、ほ場整備事業に因り素堀の用水路が無くなる事になり、それを機に‘保全池’を造る計画が持ち上がりました。最初に落合地区にメダカ保全池が出来ると、家根合地区の人は、『落合地区に負けない、立派なメダカ保全池を造れ!』と言い出しました。

メダカの生息環境に石積みは要らないと進言されても取り合わず、ゴネてゴネて事業に影響するまでゴネ続けました。そうして出来上がったのが、今の家根合メダカ保全池です。『落合地区に負けたくない』一心で、メダカを出汁に利用して、菩提寺に似合う日本庭園を造ったのです。Googleで『家根合 保全池』と検索してみてください。事業計画はメダカ保全池ではないのです。「生態系保全型水田整備推進事業」「生態系保全池」なんです。




家根合地区が庄内地方最後の素堀の用水路地帯として、なにゆえ「生態系保全型水田整備推進事業」が設けられたかと言えば、素堀の用水路(田んぼ)が育む生態系の多様さがあったからです。今の田んぼの用水路は、水道と同じで配管が敷設され、バルブを開いて田んぼに水を入れます。用水路は三面コンクリート張り。川から水を引き込むと、各ポンプ場(揚水機場と排水機場)を経由して水を回し、最後は川へ放水されます。そのため、昔のように魚が用水路に棲むことができなくなっています。でも家根合地区には、その環境が残っていた。だから「生態系保全型水田整備推進事業」が起きたのです。

当初は、水と一緒に用水路に入り込んだ魚を全て保全池に集め、育み、自由に出ていけるような「生態系保全池」を造る計画でした。




ところが家根合地区は、サイフォン効果を利用して一部の水だけを取り込み、水路と池の高低差を利用して、あたかも噴水の如く取水方法を取りました。これでは保全池に魚が入って来られません。排水方法も同じサイフォン式にしてしまい、魚が池の外に出ることは出来ません。このように魚の生態系を全く無視した構造を採用し、日本庭園を造っしまったのです。






最上川は大きな川です。大きな川は、小さな魚の稚魚が棲むに適した場所ではありません。素堀の用水路は小さな魚の稚魚が棲むに適した場所でした。それを補い育む計画が「生態系保全池」でした。しかし、「生態系保全池」に稚魚は入ることが出来ず、入ったとしても出ることが出来ないのです。メダカを自然保護のシンボルに祭り上げた結果、家根合地区全部の魚を見殺しにしてしまっているのです。

生き物を慈しみ、何か遣ってやろうという気持ちは大切ですが、本質を捉えていないと、なんの役にも立ちません。また、物事の表面だけ捉えて闇雲に褒めるのも止めましょう。

物事を悪くいう言動は、今の日本社会では蔑むべき悪い行為でしょうけど、なんでも褒めるだけも良くないと思います。なにより子供の将来が不安です。駄目なものは駄目なんです。敢えて書かせてもらいました。こういう誤った見解を是正できたらよいのですが、時間が掛かるでしょうね。

みなさんは、童謡『春の小川』や『めだかの学校』をご存じですか?
メダカは池や沼の魚ではありません。流れのある場所に生息しています。昔の人は、チキンとした見識を持ってたんですね。  

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2007年05月28日

我想う

日本桜草の花が終わった今、日々更新するネタも無りました。5月22日アップ『NPO鶴岡淡水魚夢童の会 岡部夏雄氏』、5月25日アップ『Google検索『日本桜草 蔵王』』もあるので、“我想う”と題して、自然環境や保全に対する私の考え、山菜採りや釣りなど私的なネタを綴ってみたいと思います。

辛口の内容が多くなると思いますが、想いの裏返しと、悪しからず解釈ください。  
Posted by さくら at 16:51Comments(0)TrackBack(0) その他 ~08

2007年05月27日

鳥海山の筍.2

昨日は『もう終わり』と書きましたが、降水確率0%にも関わらず通り雨も降ったことで、『終わり』の証明を求めて、今日も昨日と全く同じ場所に入ってきました。

行くときは雨が降ってましたが、林道を走っていると雨が上がってきて、今日もラッキー。でも車停めには誰も居ませんでした。本当に終わりのようです。

小さな笹藪なので、昨日見落とした場所を探したら、それなりに採れました。昨日より上の斜面に登ってみたら、熊が筍を食べた跡が広がってました。デジカメを持っていかなかったのが残念です。

大体30-40分ほど見て回り、2.7kgほど採れました。筍ご飯とお味噌汁、昼には蒸し焼き、夜は+天ぷらで楽しんでます。(^^)





入山前に立ち寄ったコンビニで、とんでもないパッケージカラーの缶コーヒーを発見。Blogネタに購入してみましたが、このセンスは何なんでしょう。私がオジさんなだけですか???

缶コーヒーにしては不気味なパッケージカラーなので、下山後に飲んでみました。甘くクリーミーな感じで、疲れた体には良い飲み味でした。奇抜なパッケージの割りのは、なんか拍子抜けなノーマルな飲み心地。ベトナムのイメージにピンクはないのですが、ベトナムの方はどう思うんでしょうね。複雑な気持ち。(^^;  

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2007年05月27日

急に衰える.3

日本桜草の葉はとろけるのも早いので、なんかスカスカです。(^^;  
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2007年05月26日

鳥海山の筍

晴天が続き、昨夜は久しぶりの雨。筍が出ているのではないと思い、期待して出掛けてきました。先行者は車1台。今まで4-5台は居たのに・・・嫌な予感。

笹藪に入ったら、はえていません。よく考えたら、昨夜雨降って今朝直ぐ芽吹く分けないですよね。上に登っていき急な斜面まできたら、おがり過ぎの筍がたくさんありました。此処数日快晴でしたが、筍はおがってたんですね。昨日か一昨日なら良かったでしょう。残念。

09時、対岸に山並みから霧が晴れ、ウグイスが鳴き始めると、ブヨが飛び始めたので下山。今回は、硬い・細い・伸び過ぎ、でした。新しい入山者は来ておらず、山菜採りが趣味の方々は既に此処に見切りを付け、他の箇所に入ってるんでしょうね。季節の移り変わりは早いなあと実感して帰ってきました。  
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2007年05月26日

まだ元気!

風も雨もあまり当たらない、ヒヨドリにも踏まれなかったプランターは、まだ元気です。鶴岡市長者町の方は、一年中同じ陽当たりの良い場所に置きっぱなしで、暑い日には3回も水をやっているそうです。

このまま此処で大事に育てると、たぶん株が良く育ってくれると思うのだけど、裏の日陰に持っていくのが、自然界の条件に合うようにも思う。・・・悩む。


  

Posted by さくら at 11:26Comments(0)TrackBack(0)日本桜草07

2007年05月25日

Google検索『日本桜草 蔵王』

昨日の夕方、19時前のテレビで自然観察指導員.志鎌節郎さんという方が植物の解説をされていた。植物にとても詳しい様子なので、山形県で唯一自生地が残っていることになっている蔵王の日本桜草にも詳しいかもしれないと思い、『志鎌節郎』でネット検索してみた。精力的に活動されておられるので、いつかお逢いしてお話を伺いたいものだ。とはいえ私は蔵王の日本桜草のことを知らないので、『日本桜草 蔵王』でも検索してみた。

すると此処でも、日本桜草に対して誤った認識をされている方々が多く、ショックを受けた。種の区分と画像に添付した表記を、揚げ足とりのように指摘するのは気が引けるが、何も知らない人がこういうサイトを読んだとき、誤った認識を植え付けかねないので、敢えて指摘したい。

また、『日本桜草 蔵王』で検索した結果では、蔵王の自生地は判りませんでした。やはり蔵王も‘昔は自生していた’だけなのでしょうか。



蔵王山麓にある少年自然の家付近で撮影したそうですが、白は明かな園芸種。
ttp://kamosika.web.infoseek.co.jp/hana/hana002.htm

明かな園芸種。自生する日本桜草の解説文を添付しては、画像の花があたかも原種のように思ってしまう。
ttp://blog.goo.ne.jp/momo2303/e/310037064498d35e9be11c99b08827b7

フリーダウンロード撮影地 山形県 西蔵王高原
メモ 自生種です。
地植えされて自分で勝手に生きているのも自生。種が飛んだり、自然に生えたのも自生。自生種ってなに?
原種とは区別して表記してほしい。
ttp://www.photolibrary.jp/img34/7764_94124.html

大きな括りのプリムラ種ということでは桜草になるのかもしれないけど、これは桜草じゃない。岩魚やヤマメ、サクラマス、ニジマス、などは鮭科ですが、“鮭”ではありません。
ttp://peko2.jugem.jp/?eid=617
ttp://yaplog.jp/nonohana/archive/326

ロッジ・アンティロープさんは、自生地をしっているようです。今度お伺いしたい。蔵王の日本桜草自生地を尋ねるなら、志鎌節郎氏とアンティロープさんだな。(^^)
ttp://www.nihonkai.com/zao/clip/clip.cgi
ttp://www2.ocn.ne.jp/~antelope/

私はクレーマーではありません。個人のブログに対して色々言うのは、良くないことかも知れませんが、私が此処まで日本桜草に熱くなってしまったのは、このような誤った認識の方々(記述)ばかりと出会い、独りで真実を求めた結果です。花が好きなのに、いい加減な認識を持つばかりに、花好きな方にまで忘れ去られてしまった日本桜草。花の名前もキチンと区別してほしいと願うばかりです。

※私のBlogでは、鶴岡市(旧櫛引町)丸岡などと表記するのが面倒で、鶴岡市や酒田市は広いので、市町村名を合併前の市町村名を使っています。他人に厳しく自分に甘い性格をお許しください。  
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2007年05月24日

急に衰える.2

日本桜草以外に興味がないし、園芸が趣味でもないので、よく判りませんが、日本桜草はこんな感じで枯れる時があります。

昨年、本格的に株を増やそうと思い、水肥料を1000-2000倍に薄めてジョウロで掛けた与えた時、普通に水を与えても、水滴が葉っぱに少し残るじゃないですか、そこから枯れてしまいました。その後は、水肥料を与えた直後に普通の水を掛けるようになりました。

葉に何か付くと、そこから枯れるのかもしてないと思い、今年は松花粉を葉に残さないよう流してましたが・・・関係無いですよね。(^^;

まあ、こんな感じで、花が終わった途端に枯れ始めます。ビックリして肥料を与えたりすると、本当に枯れてしまうので、お礼肥えは止めましょう。  
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2007年05月23日

急に衰える.1

5月20日(日)に花を切ったので、スッキリしてしまったプランター。花が無くなると、葉が急激に枯れてきているように見えます。でも、葉が枯れていくのは日本桜草の姿なんです。日本桜草は冬眠ならぬ夏眠に入るのです。

普通の植物なら花が終われば「綺麗に咲いてくれてありがとう。来年も咲いてね。」という想いを込めて、お礼肥えなどと言って肥料を与える処ですが、日本桜草にはもともと肥料は不要なわけで、夏眠前に肥料をもらっては、本当に枯れる要因になるだけです。放っておきましょう。

春、一番早く芽吹いて綺麗な花を咲かせると、4-5月の2ケ月以外は、後は枯れ草の日本桜草。地味な花ですよね。(^^;  
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2007年05月22日

NPO鶴岡淡水魚夢童の会 岡部夏雄氏

5月21日、NPO鶴岡淡水魚夢童(ゆめわらべ)の会の岡部夏雄氏とお逢いしてきた。2007/05/10にアップした野中地区のめだかの学校を訪れた時、相手をしてくれた女性が「夢童の会が、どうのこうの、云々」と言っていたので、尋ねてみたら、「日本桜草を寄贈したのは、鶴岡自然調査会の水野重紀氏である」と教えてもらった。

そして岡部夏雄氏より4月14日に庄内日報に掲載された『絶滅危惧種 サクラソウ復活へ 南庄内水と緑の環ネットワーク「親株」の情報求める』記事を教えられた。記事はコレコレの他に山形新聞にも載ったらしい。

最初に断って措きますが、私は上記新聞記事活動と思想に一切関与していません。メダカやホタルのように、日本桜草を自然保護運動のシンボルとして利用するつもりは毛頭ありませんし心外です。

日本桜草が庄内に自生していたのか否か=在来種なのか移入種なのかを知りたいだけでした。庄内に日本桜草が自生していたことを知った今は、日本桜草を栽培している人でも日本桜草と知らずに栽培している人やプリムラやマラコイデス、クリンソウを桜草と思い込んでいる人も少なくないので、知らせて歩きたいとは考えていますよ。でも、それを自然界に移植しようという思想はありません。

日本桜草の花は散り、これからは葉っぱばかりになるので、調度良い機会です。これからは生態系や環境保全への想いも語ってみたいと思います。


閑話休題
岡部夏雄氏から、「今ある青龍寺川の流れは、河川改修された人工流程だよ」と教えられた。記憶が定かではないが、と前置きされた上で、「中橋地区を流れていたのは、とのじま川という名前だったと思うが、今は無い」そうです。

これで合点がいきました。2007/05/10にアップした余目町の記事の中で、「私、下山添の出身だ」と語ってくれた方が、「今はもう無くなった川だけども」と言ったんです。私はてっきり用水路のことだと思っていたのですが、とのじま川のことだったんですね。川が在ったとは知りませんでした。

安野悌次先生は「青龍寺川の郷土誌には、日本桜草のことは何も書かれていないので、ビックリしました。」と話してくれたことがあり、私の調査に無関係だと思い込んでしまってましたが、位置関係を知るためにも、勉強するべきですね。反省。


また、昭和13年3月1日に発刊された『山形縣の淡水魚(1938)』橋本賢助著を見せて貰いました。私は、日本桜草が生息していた河川環境は、イバラトミヨやホトケドジョウ、シマドジョウ、スナヤツメの生息環境と同じと感じており、そういう意味で『山形縣の淡水魚(1938)』は参考になりました。イバラトミヨの生息地に余目町も含まれていました。


  

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2007年05月22日

八幡町貝沢地区と升田地区

5月21日、日向川上流八幡町貝沢地区と升田地区で、日本桜草のことを尋ねてみたが、知らないとのこと。クリンソウだけはあった。プリムラ・マラコイデス(メラコイデス/西洋サクラソウ/和名オトメサクラ(乙女桜)、ケショウサクラ(化粧桜) )は此処にもあり「これが桜草でしょ?」と言われた。

升田地区金四郎商店には昔からお世話になっており、日向川沿いに日本桜草は自生していなかったと思うのですが、否定する材料もなく・・・。  
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2007年05月21日

花切りました

昨日、雨が上がった時に花を切り落としました。養分を根にまわすためです。これからは本当の桜みたいに、葉だけを愛でていく日々が続きます。


  

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2007年05月20日

そろそろ剪定

風の強い日が続いていますね。日本桜草の花も散り、そろそろ剪定ですね。早めに花を切り取り、栄養分を種ではなく、根に持っていくためです。


  

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2007年05月19日

立川町東興野 自生地探訪

5月18日、立川野草愛好会主催の山野草展を見に行ってきた。午後に行ったら既に撤収作業中で、盆栽を軽トラックに積んでいる処だった。荷台には日本桜草も数鉢積まれていたが、園芸種ばかりだった。

元もと在来種を期待してはいなかった。ただ、どんな園芸種が庄内に在るのかを知るべく、軽い気持ちで訪れたのだが、今まで見たことがない園芸種があった。藤島町の阿部月山子さんと関係が在るのかもしれないと考え、取り合えず、「これは園芸種だよの?」「どうやって入手したな?」と尋ねてみると、「‘コレ’は、園芸種だ」「こんなは某Aさんから貰ったな」という返答だったが、‘コレ’という言い方が気になった。

「コレは園芸種ということは、他にもあんなが?」と尋ねると、撤収作業で多忙なこともあり、某Aさん宅へ行くよう勧められる。某Aさん宅にいくと、数鉢の日本桜草があったが、「全部園芸種で、昔、珍しいのを通信販売で仕入れたんだ」とのこと。そして「荒鍋地区の大滝婆さんが、東興野地区から採ってきた天然を持っているはずだ」と驚きの情報をくれた。これは行くしかない。

と、そこに偶然大滝婆さんが登場。ラッキー。さらにこの大滝婆さん、「東興野地区から採ってきた日本桜草見っでってか? よし、行ぐが。」と言うが早いか、さっさと自転車に乗って自宅へ向かいだした。慌てて車に乗って後ろを付いていく。今年で88歳だという大滝婆さん、行動も決断も早いが、自転車も速かった。

大滝婆さんの庭の隅の木陰に、隠れるようにピンクの日本桜草が咲いていた。「これは20年以上前、知人に誘われ何かを採りに東興野地区に行き、偶然みつけた」のだそうだ。






裏庭には立川野草愛好会の頒布会で購入したという白の日本桜草も植えられていた。今まで出逢った方々と違い、他の植物の葉に覆われて、葉を掻き分けないと判らない場所に育っており、新鮮だった。日本桜草って、本来こんな風に自生していたのかしら。ドキドキした。




「東興野地区のどの辺?」と尋ねると「その時に1度行ったきりだし、その時にやっと1株みつけだけなので、もう無いと思うぞ。んだども行てみっが。んだば行くが。」ということになり、私の車で行ってみることにした。「山の奥の、フキの葉っぱの影に咲いてたんだ」「あの辺だがもしんね。」「んね。此処でね。隣の山だがも知んね」とアクティブに動き回り案内してくる大滝婆さんは、88歳である。

大滝婆さんは「山の中で見だんだ」「そんげ高くない場所で、比較的平坦な場所があり、そこで見だ」と言って山の上に登ろうとするが、日本桜草はそんな場所にはない。谷筋だろうと思い、歩いていく。元もと東興野地区から添津地区は自生の可能性があると考えていた地域の一つであった。添津地区にはゴルフ場が出来たが、ゴルフ場が出来たということは、比較的平坦な山であり、添津地区には二枚貝が生息している。清川地区は湧き水がコンコンと湧いていた地区だから清い川、清川となったと聞いたことがある。東興野地区から添津地区の山間には葦原が残っており、沢というか、染み出した水が葦原を形成しているのだ。

「此処でね。隣の山だがも知んね」と言った隣りの山の麓に、フキが生えている小さな谷間があった。つい最近までシイタケ栽培をしていたのだろう、ホダ木が朽ちて、フキやミズに覆われていた。「こげた感じの平たい所だったから、此処だがもしんね」「美味そうなミズだごど」と言いながら大滝婆さんがミズとフキ採りを始めた。

象潟の三船さんは「杉林の中に竹林があり、そこに咲いていた」と男鹿半島にある日本桜草の自生地を話してくれた。此処も杉林に覆われた谷間である。フカフカする平たい台地を奥へ進むと、一段低い処に僅かな沢筋があり水が流れていた。水は、扇状地の平たい台地の下を伏流しているのだった。




ミズとフキ採りをしている大滝婆さんが「此処だのー」と言った。此処の日本桜草はシイタケ栽培に利用され絶滅したであろう。しかし、20年前までは自生していたんだと思うと、感慨深い想いが込み上げてきた。“日本桜草は庄内平野一帯に咲いていた。”そんな思いに囚われてきた。来年のGWは、フィールドワークになりそうです。(^^)  

Posted by さくら at 05:54Comments(0)TrackBack(0)日本桜草07

2007年05月19日

鶴岡市長者町

5月18日、長者町のAさん宅では、白い日本桜草を何本ものプランターでたくさん栽培しており、きれいに咲いていました。玄関先や庭の隅にも白い日本桜草が咲いており、「これ、たぶん種が飛んだんだと思う。」とのことでした。種が飛んで勝手に増えているのは、安野悌次先生宅と長者町のAさん宅だけであり、種が飛ぶには、それなりの株数が必要なのかもしれません。

プランターに植えて、もう何年も経つので、「たぶん土なんか判らないほど、根がビッシリ生えてると思うわ」と言ってましたが、葉は健康そのもので、「夏なんか朝昼晩と、1日三回もやるのよ。」とのこと。水はいくら多くても大丈夫なようです。


長者町のAさんは、最近園芸種を買ってきているそうですが、「白はどんどんと増えるんだけど、買ってきた園芸種はなかなか増えなくね、なしてだもんだ?」と悩まれていました。日本桜草はよく判りません。

ただ、象潟の三船さん宅のように、勝手に色々な種類の花が咲くようなことはありません。長者町のAさんは白を40年ほど栽培してきたそうですが、白以外咲かないそうです。三船さん宅の場合、譲渡してくださった方々の栽培段階から、混ぜて育ててしまっているんでしょう。下記添付画像のように。






上記添付画像は長者町のAさんのプランターで、「本当は花が咲いている内に分けて仕舞うのが良いんでしょうけど、花が咲いていると可哀想で、つい機会を逃してしまって。(^^; 」と苦笑いされてました。わかります、その気持ち。(笑)  

Posted by さくら at 05:45Comments(0)TrackBack(0)日本桜草07