2007年04月07日
4月4日植え替え1週間目
地球温暖化の影響で暖冬で過ぎた冬。プランターのクロッカスは一ヶ月以上も早い2月23日に開花。白い日本桜草を大きなプランター6本、小さなプタンター3本、丸鉢に1鉢。黄色い西洋桜草は丸鉢に1鉢、京鹿子を丸いプランター1個。以上で栽培していた日本桜草も、『そろそろ植え替えしないと』と思っていた矢先に厳しい寒の戻りとなり、3月25日(日)に株分けと植え替えを行いました。今年は、白い日本桜草を大きなプランター6本(#1〜5+鉢)、小さなプタンター4本(#6〜9)。ピンクの日本桜草を小さなプタンター1本+丸プタンター1個。京鹿子と黄色い西洋桜草を大きなプランターで各2本、栽培することにしました。
2007年04月07日
2007年04月07日
日本桜草との出逢い
私は旧琢成小学校(現在の酒田市立図書館・文化会館)に入学。2年生か3年生の時に、一週間に1時限だけ、授業の中にクラブ活動が行われるようになり、私は園芸部に入りました。当時、家の周りでは菊の栽培が盛んで、わんぱく小僧だった私は近寄るだけで怒鳴られていました。そんな菊の大菊1本仕立や3本仕立の鉢が小学校にもあり、園芸部が栽培されているのを知り入部した次第です。
園芸部の顧問は教頭先生で、部員は男性3名(同級生)、女性4名(先輩)だった気がします。クラブ活動2回目の日に教頭先生が「これを育ててみなさい」と言って黒いビニールの鉢に入った苗を全員に配りました。それが日本桜草でした。子供心に生き物には詳しいと自負していた私は、初めて日本桜草なるものを知ってもっと欲しくなり「先生、これ何処っから採てきたな?」と尋ねたところ、「鶴岡市の大山」と答えました。
日本桜草はグングン生長して小さくて可憐な花を咲かせました。私は魅了されました。日本桜草は菊と同じく根が伸びて株分けして繁殖するのですが、クラブ活動での菊栽培の経験が役立ち、秋には根を掘り起こして縁の下に仕舞い、春には株分けして植える行為を繰り返し、数鉢まで増やしました。しかし、私も成長するにしたがい徐々に園芸から遠さかり、登山や釣りなどアウトドアに興じるようになり、掘りかえして株分けなども遣らなくなりました。春になると庭の片隅で咲く日本桜草をみつけては『今年も咲いているな。よし、よし。』と眺めるだけになっていきました。
木造だった旧琢成小学校が、道路をはさんだ向かい側の旧光ケ丘小学校と合併して、今の琢成小学校に統合されたのが昭和50年1975年なら、1972-73年頃の話しです。
園芸部の顧問は教頭先生で、部員は男性3名(同級生)、女性4名(先輩)だった気がします。クラブ活動2回目の日に教頭先生が「これを育ててみなさい」と言って黒いビニールの鉢に入った苗を全員に配りました。それが日本桜草でした。子供心に生き物には詳しいと自負していた私は、初めて日本桜草なるものを知ってもっと欲しくなり「先生、これ何処っから採てきたな?」と尋ねたところ、「鶴岡市の大山」と答えました。
日本桜草はグングン生長して小さくて可憐な花を咲かせました。私は魅了されました。日本桜草は菊と同じく根が伸びて株分けして繁殖するのですが、クラブ活動での菊栽培の経験が役立ち、秋には根を掘り起こして縁の下に仕舞い、春には株分けして植える行為を繰り返し、数鉢まで増やしました。しかし、私も成長するにしたがい徐々に園芸から遠さかり、登山や釣りなどアウトドアに興じるようになり、掘りかえして株分けなども遣らなくなりました。春になると庭の片隅で咲く日本桜草をみつけては『今年も咲いているな。よし、よし。』と眺めるだけになっていきました。
木造だった旧琢成小学校が、道路をはさんだ向かい側の旧光ケ丘小学校と合併して、今の琢成小学校に統合されたのが昭和50年1975年なら、1972-73年頃の話しです。
2007年04月08日
西洋桜草と園芸種と原種
山歩きと釣りが趣味となり、趣味に没頭しながらも、『日本桜草は野草であり、福寿草のように何処かに自生しており、いつか出逢えるはず』と、ずっと思い込んで過ごしてきましたが、年々歳を経た或るとき、気付けば日本桜草に出逢ってないことに気付き始めました。
ぼやくほど熱心に調べたわけでもなく、漠然と『日本桜草無いなあ』と、時々不意に思い出す程度でしたけど、園芸好きな方と出逢う度に日本桜草や同じ野草である福寿草のことを尋ねることが多くなりました。野草と思っていた福寿草は、『人為的に移植された後に自生しているだけ』『庄内には自生地が無い』ことは直ぐに知りましたが、日本桜草の情報だけは錯綜して、得ることができずにいました。また、教頭先生が言った「鶴岡市の大山」の大山公園周辺でも発見できず、周囲の植生から考えて『大山には自生していない』ことだけは確信しました。
インターネットが1.44から2.88になりISDL・ADSLに変わってから、とても便利になりました。ふと思い出して‘桜草’で検索してみると・・・驚きました。桜草には、西洋桜草(プリムラ)と日本桜草があったのです。このBlogでは始めから日本桜草と書いてきましたが、当時は“桜草”とだけ呼んでおり、インターネットで知るまで、西洋桜草と日本桜草があるのを知りませんでした。
事態はそれだけに納まりません。インターネット上の日本桜草愛好者のHPを見てビックリ。違った意味で目から鱗が落ちました。日本桜草とは、江戸時代から原種を品種改良して増やしたもので、その種類は数百もあり、それが日本桜草だというのです。つまりは園芸品種であり、野草ではなかったのです。
インターネット上には品種改良された園芸種の画像が何枚も掲載されていましたが、私が栽培してきた“日本桜草”の画像がありません。どうやら原種の日本桜草のようです。原種であるなら、私の日本桜草は庄内の在来種ということになります。然るに自生地と出遇わないし、それを知る人もいない。でも教頭先生は「採ってきた」と語った。これはどういうことだろう。私の関心は一気に高まっていくのでした。
ぼやくほど熱心に調べたわけでもなく、漠然と『日本桜草無いなあ』と、時々不意に思い出す程度でしたけど、園芸好きな方と出逢う度に日本桜草や同じ野草である福寿草のことを尋ねることが多くなりました。野草と思っていた福寿草は、『人為的に移植された後に自生しているだけ』『庄内には自生地が無い』ことは直ぐに知りましたが、日本桜草の情報だけは錯綜して、得ることができずにいました。また、教頭先生が言った「鶴岡市の大山」の大山公園周辺でも発見できず、周囲の植生から考えて『大山には自生していない』ことだけは確信しました。
インターネットが1.44から2.88になりISDL・ADSLに変わってから、とても便利になりました。ふと思い出して‘桜草’で検索してみると・・・驚きました。桜草には、西洋桜草(プリムラ)と日本桜草があったのです。このBlogでは始めから日本桜草と書いてきましたが、当時は“桜草”とだけ呼んでおり、インターネットで知るまで、西洋桜草と日本桜草があるのを知りませんでした。
事態はそれだけに納まりません。インターネット上の日本桜草愛好者のHPを見てビックリ。違った意味で目から鱗が落ちました。日本桜草とは、江戸時代から原種を品種改良して増やしたもので、その種類は数百もあり、それが日本桜草だというのです。つまりは園芸品種であり、野草ではなかったのです。
インターネット上には品種改良された園芸種の画像が何枚も掲載されていましたが、私が栽培してきた“日本桜草”の画像がありません。どうやら原種の日本桜草のようです。原種であるなら、私の日本桜草は庄内の在来種ということになります。然るに自生地と出遇わないし、それを知る人もいない。でも教頭先生は「採ってきた」と語った。これはどういうことだろう。私の関心は一気に高まっていくのでした。
2007年04月08日
2007年04月08日
2007年04月08日
2007年04月08日
2007年04月08日
2007年04月08日
2007年04月08日
2007年04月08日
2007年04月08日
2007年04月08日
2007年04月09日
インターネットで得たヒント
残念ながらインターネット上には、原種の日本桜草について詳しく紹介されたサイトはありませんでしたが、原種の日本桜草として掲載されている画像はピンクが主でした。でも、教頭先生が園芸部員7名に配った日本桜草は全部白でした。ということは園芸種なんでしょうか。否、1972-1973年頃に園芸種を入手できるでしょうか。無理だと思いますし、園芸種なら地味すぎます。『白い日本桜草』は、一つのキーワードになりそうです。
世間一般に呼ばれている「桜草」とは西洋桜草(プリムラ)のことでした。園芸店やホームセンターで販売しているのですから、情報が錯綜して当然です。これからは「日本桜草」と呼んで聞いて巡ることにしました。
日本桜草の生育の特性を知り、庄内地方での自生地の目星がつきました。
日本桜草は河原の葦原の中に自生し、葦が芽吹く前に芽を出し葉を広げ花を咲かせるそうです。その頃になると葦が芽を出し葉を広げ成長し、日陰を作ってしまうので、日本桜草は冬眠ならぬ夏眠に入るので、枯れるそうです。梅雨に川は増水して河原に新しい土を盛り上げ、秋になり冬になれば葦も枯れて土を覆います。日本桜草は土と葦に埋められてしまわないよう根を地表に向けて伸ばすそうです。また、増水で流されないよう葦原に自生し、葦の根に守られ育つのだそうです。
大山公園は湿地であり、自生してなくて当然です。私は鳥海山麓をベースに遊んできて、日本桜草と出逢えずにいました。鳥海山麓の月光川や日向川は大きな石ゴロゴロで、そもそも河原が水没する洪水は滅多におきません。葦原が広がり砂礫の川で、毎年梅雨の頃に洪水する川というと、赤川水系です。庄内平野は広いので、羽黒町と朝日村から調べてみることにしました。
世間一般に呼ばれている「桜草」とは西洋桜草(プリムラ)のことでした。園芸店やホームセンターで販売しているのですから、情報が錯綜して当然です。これからは「日本桜草」と呼んで聞いて巡ることにしました。
日本桜草の生育の特性を知り、庄内地方での自生地の目星がつきました。
日本桜草は河原の葦原の中に自生し、葦が芽吹く前に芽を出し葉を広げ花を咲かせるそうです。その頃になると葦が芽を出し葉を広げ成長し、日陰を作ってしまうので、日本桜草は冬眠ならぬ夏眠に入るので、枯れるそうです。梅雨に川は増水して河原に新しい土を盛り上げ、秋になり冬になれば葦も枯れて土を覆います。日本桜草は土と葦に埋められてしまわないよう根を地表に向けて伸ばすそうです。また、増水で流されないよう葦原に自生し、葦の根に守られ育つのだそうです。
大山公園は湿地であり、自生してなくて当然です。私は鳥海山麓をベースに遊んできて、日本桜草と出逢えずにいました。鳥海山麓の月光川や日向川は大きな石ゴロゴロで、そもそも河原が水没する洪水は滅多におきません。葦原が広がり砂礫の川で、毎年梅雨の頃に洪水する川というと、赤川水系です。庄内平野は広いので、羽黒町と朝日村から調べてみることにしました。
2007年04月09日
羽黒町
まずは羽黒町に在る玉川寺に行ってみた。玉川寺の庭はクリンソウで有名で、開花の時期にはテレビや新聞に必ず紹介される場所である。しかし、クリンソウと桜草は違うし開花の時期からして違うので、当てにしていなかったが、「桜草だって聞いたよ」「桜草もあるそうだよ」というおばちゃんたちの声がある以上、行ってみることにした。おばちゃんたちが連れだって見に来ている中に、30代の若いオヤジが独りというのは何かと視線を感じる。玉川寺のはやはりクリンソウだった。
日本桜草の開花は4月下旬からGWであり、5月下旬に咲くクリンソウとは開花時期からして違う。百聞は一見に如かず。玉川寺を訪れてみて『やっぱり花をみてみないと、調査にならない』ということを実感した。しかし、GWは貴重な長期休暇である。当てもない調査に掛けるわけにはいかず、その後も挫折しない程度に適当に聞き取り調査と現地探索を続けていくのであった。
そもそも羽黒町には川が少ないので期待はしていなかった。沢筋が多く、庄内柿の産地である櫛引町たらのきだいスキー場周辺の丘陵地帯から朝日村方面(宝谷・松根・岩本)に着目していた。日本桜草は、カタクリやスイセン、たんぽぽ、菜の花のように群生するはずである。自生していれば農家の方が自宅周辺に移植してたりするはずなのだが、残念ながら情報は得られなかった。古くから地域住民が集う松ケ岡開墾場や黒川能周辺、羽黒町馬渡集落や椿出・相模も同様で、クリンソウすらない。この辺ではないのかもしれないと、見切りを付けた。
玉川寺の庭はクリンソウで有名だが、何処から持ってきたクリンソウなんだろう。この地域一帯に自生していたなら、もっと多く見かけるはずだが・・・クリンソウは他所から持ち込まれた移入種なんだろうか。クリンソウは沼地などの湿地帯に自生するそうだから、クリンソウが自生している場所には日本桜草は自生しないはず。クリンソウの情報も集めてみることにした。
日本桜草の開花は4月下旬からGWであり、5月下旬に咲くクリンソウとは開花時期からして違う。百聞は一見に如かず。玉川寺を訪れてみて『やっぱり花をみてみないと、調査にならない』ということを実感した。しかし、GWは貴重な長期休暇である。当てもない調査に掛けるわけにはいかず、その後も挫折しない程度に適当に聞き取り調査と現地探索を続けていくのであった。
そもそも羽黒町には川が少ないので期待はしていなかった。沢筋が多く、庄内柿の産地である櫛引町たらのきだいスキー場周辺の丘陵地帯から朝日村方面(宝谷・松根・岩本)に着目していた。日本桜草は、カタクリやスイセン、たんぽぽ、菜の花のように群生するはずである。自生していれば農家の方が自宅周辺に移植してたりするはずなのだが、残念ながら情報は得られなかった。古くから地域住民が集う松ケ岡開墾場や黒川能周辺、羽黒町馬渡集落や椿出・相模も同様で、クリンソウすらない。この辺ではないのかもしれないと、見切りを付けた。
玉川寺の庭はクリンソウで有名だが、何処から持ってきたクリンソウなんだろう。この地域一帯に自生していたなら、もっと多く見かけるはずだが・・・クリンソウは他所から持ち込まれた移入種なんだろうか。クリンソウは沼地などの湿地帯に自生するそうだから、クリンソウが自生している場所には日本桜草は自生しないはず。クリンソウの情報も集めてみることにした。
2007年04月09日
クリンソウと、誤った記述
クリンソウと日本桜草は同じサクラソウ属だが、成り立ちは真逆といえる。周囲の草と無理な生存争いを止め、誰よりも最初に可憐に小さく咲いて夏眠することで生きる道を選んだのが日本桜草。周囲に負けじと葉を大きく葉を広げ、花を幾段にも高く伸ばすことで生きる道を選んだのがクリンソウ。日本桜草は根から株分けして堅実に増えるが、クリンソウは切れた根から幾らでも増えていくたくましさがある。日本桜草は流れの脇に自生するので、流されないように、根で繋がりながら繁殖する。クリンソウは流失の心配がない沼地や湿地などに自生するので、切れた根から芽を出しても平気なのだ。
以上、私なりに簡単に違いを述べてみたが、インターネット上には誤った記述がとても多い。無知だった私は知識を得るためにインターネットで検索して調べていたのだが、無知ゆえにその記述を否定する材料がなく、多少の疑問を抱きながらも鵜呑みにしてしまった。と同時にそれは錯綜する情報の共通点でもあった。
例えば、グーグルで『クリンソウ』と検索すると一番上にヒットする“植物園へようこそ BotanicalGarden 現在 5300 種が掲載されています”さん。この方は5,300種の植物を紹介しており、植物に詳しい方だろうと思い込んだのですが・・・間違いでした。今だからこそ言えるのですが、ニホンサクラソウとサクラソウを区別されておらず、解説文にはクリンソウと混同された一文も掲載されていました。何段かに輪生するのはクリンソウ。日本原産の桜草は日本桜草。桜草と日本桜草は区別すべきですし、軽井沢を取り上げるなら園芸種と原種とまで言及すべきです。
また、今回Blogに記載するにあたり、改めて『玉川寺 クリンソウ』と検索してみたところ、荘内日報社が玉川寺のクリンソウを紹介した荘内ニュースフラッシュがヒット。2003年05月30日の記事は『クリンソウはサクラソウ科の多年草。』と記載していましたが、2005年05月27日の記事では『クリンソウはサクラソウの多年草。』と‘科’を端折って記載されていました。マスコミが『クリンソウ=サクラソウ』と受け取れるような表現を使ってはマズイですよね。お爺さんやお婆さんが「玉川寺に桜草があるそうだよ」と言う分けですよ。
桜草と日本桜草。クリンソウと西洋桜草と日本桜草。園芸種と原種。これらをシッカリ使い分けないといけません。これに気付くまで、無知な私はどれだけ悩まされたことか。(^^;
以上、私なりに簡単に違いを述べてみたが、インターネット上には誤った記述がとても多い。無知だった私は知識を得るためにインターネットで検索して調べていたのだが、無知ゆえにその記述を否定する材料がなく、多少の疑問を抱きながらも鵜呑みにしてしまった。と同時にそれは錯綜する情報の共通点でもあった。
例えば、グーグルで『クリンソウ』と検索すると一番上にヒットする“植物園へようこそ BotanicalGarden 現在 5300 種が掲載されています”さん。この方は5,300種の植物を紹介しており、植物に詳しい方だろうと思い込んだのですが・・・間違いでした。今だからこそ言えるのですが、ニホンサクラソウとサクラソウを区別されておらず、解説文にはクリンソウと混同された一文も掲載されていました。何段かに輪生するのはクリンソウ。日本原産の桜草は日本桜草。桜草と日本桜草は区別すべきですし、軽井沢を取り上げるなら園芸種と原種とまで言及すべきです。
また、今回Blogに記載するにあたり、改めて『玉川寺 クリンソウ』と検索してみたところ、荘内日報社が玉川寺のクリンソウを紹介した荘内ニュースフラッシュがヒット。2003年05月30日の記事は『クリンソウはサクラソウ科の多年草。』と記載していましたが、2005年05月27日の記事では『クリンソウはサクラソウの多年草。』と‘科’を端折って記載されていました。マスコミが『クリンソウ=サクラソウ』と受け取れるような表現を使ってはマズイですよね。お爺さんやお婆さんが「玉川寺に桜草があるそうだよ」と言う分けですよ。
桜草と日本桜草。クリンソウと西洋桜草と日本桜草。園芸種と原種。これらをシッカリ使い分けないといけません。これに気付くまで、無知な私はどれだけ悩まされたことか。(^^;
2007年04月10日
2007年04月10日
朝日村
朝日村は梵字川水系と大鳥川水系に大きく二分できる。大鳥川水系は高低差が少なく大鳥集落へ続く。荒沢ダムが出来る前までは、泡滝ダムまで鮎が遡上してきたというから驚く。大鳥集落は鉱山として栄えた時があり、人の行き来が多かったので期待していたのが、日本桜草もクリンソウも無かった(鉢植えのクリンソウはあった)。
鱒淵から八久和川ダム旧集落跡地も探ってみたが、無かった。仮に自生していたとしても、今の八久和川ダム周辺は山菜採りのメッカと化しているので、既に盗掘され絶滅しているであろう。
残るは大網地区・田麦地区である。湯殿山ホテルや田麦荘さんなど、地域に根付いた方々から出逢った叔母さんたちに聞き取り調査を行うと、「桜草は昔は有った」と言うのだが、溜池の脇だったりサイズが大きかったりして、クリンソウである可能性が高い。
しかし、大網地区では、溜池や堤、堀に藻エビやスジエビを放して飼育し、鯛釣りの餌として出荷してきたので、里との交流が盛んで、持ち込まれている可能性は否定できない。事実、田麦荘から湯殿山スキー場へ向かう途中にある除雪センター脇の道路下=釣り堀の向かいに有った溜池(現在は埋め立てられてしまって無い)にはイバラトミヨが生息しており、青龍寺川水系の方々と交流があったと推察できるので、桜草も持ち込んでいる可能性は高いのだが・・・。
日本桜草はGWに花を咲かせる。GW頃の山は山菜採りと農作業で忙しい。イバラトミヨは春に生まれ、秋に大きくなる。藻エビやスジエビも秋口に需要が高まる。その頃日本桜草は夏眠中である。大網地区の方が日本桜草を見る機会があっただろうか。移植されている可能性は、低い気がする。そんな分けで朝日村に日本桜草は・・・無いと思う。
鱒淵から八久和川ダム旧集落跡地も探ってみたが、無かった。仮に自生していたとしても、今の八久和川ダム周辺は山菜採りのメッカと化しているので、既に盗掘され絶滅しているであろう。
残るは大網地区・田麦地区である。湯殿山ホテルや田麦荘さんなど、地域に根付いた方々から出逢った叔母さんたちに聞き取り調査を行うと、「桜草は昔は有った」と言うのだが、溜池の脇だったりサイズが大きかったりして、クリンソウである可能性が高い。
しかし、大網地区では、溜池や堤、堀に藻エビやスジエビを放して飼育し、鯛釣りの餌として出荷してきたので、里との交流が盛んで、持ち込まれている可能性は否定できない。事実、田麦荘から湯殿山スキー場へ向かう途中にある除雪センター脇の道路下=釣り堀の向かいに有った溜池(現在は埋め立てられてしまって無い)にはイバラトミヨが生息しており、青龍寺川水系の方々と交流があったと推察できるので、桜草も持ち込んでいる可能性は高いのだが・・・。
日本桜草はGWに花を咲かせる。GW頃の山は山菜採りと農作業で忙しい。イバラトミヨは春に生まれ、秋に大きくなる。藻エビやスジエビも秋口に需要が高まる。その頃日本桜草は夏眠中である。大網地区の方が日本桜草を見る機会があっただろうか。移植されている可能性は、低い気がする。そんな分けで朝日村に日本桜草は・・・無いと思う。
2007年04月10日
藤島町ふじの花まつり
藤島町のふじの花まつりは藤島体育館で開催されている。その会場の片隅に日本桜草が展示されていた。羽黒・櫛引・朝日、そして鶴岡に接する田川郡のヘソともいえる地域だけに、一瞬期待したのだが、展示されていた日本桜草は園芸種であった。展示されている鉢は今年植え替え作業を行ったばかりの鉢で、若干貧弱に感じた。そのなかに、品種というより町名っぽい名札を指したピンクの日本桜草もあり、原種っぽくて気になった。
毎年ふじの花まつりには行くのだが、あの会場に40代手前の男が独りで居るのは違和感があり、直ぐに帰るのが常だった。
ふじの花まつりなのに、なぜ日本桜草が展示されていたのか。その分けは近く紹介する。お楽しみに!
毎年ふじの花まつりには行くのだが、あの会場に40代手前の男が独りで居るのは違和感があり、直ぐに帰るのが常だった。
ふじの花まつりなのに、なぜ日本桜草が展示されていたのか。その分けは近く紹介する。お楽しみに!



日本桜草の生長は早く、朝夕の水やりが、日々楽しみです。開花は平年4月下旬、GW頃に満開に咲きます。 






