2007年05月10日
余目町にて - 櫛引町下山添 -
車を止めたことで、近所では園芸種の日本桜草とも出合えた。庄内在来の花ばかりではいけないと思うようになり、園芸種も撮影してみた。
↑画像の底白の花は、画像だけで品種をどうのこうの言えませんが、
似た花が本楯地区と酒田市十里塚地区に在りました。
ホームセンターか園芸店で、過去に販売されたのかもしれません。
余目町の街中の某所に、以前から白い日本桜草が咲いているのは知っていたので、#9のプランター白い日本桜草を持って、そこを訪れてみた。奥さんが対応してくださり、10年ほど前に余目町内の方から譲ってもらったとのこと。白い日本桜草は私のと同じに見えました。「欲しい人には分けてあげている」そうで、ご近所でもプランター一杯に咲いていました。
白の他に、園芸種である花びらの縁が白いピンクの日本桜草も咲いていたので、そちらを撮影してきました。上記園芸種の日本桜草は、見たとおりの色合いで写ってますが、こちらのピンクの園芸種の日本桜草はどうしても紫色に写ってしまいます。実物はピンクなんです。
もう1軒、余目町の街中の某所を#9の白い日本桜草を持って訪ねてみました。奥さんが笑顔で対応してくれ、開口一番「日本桜草のー。昔は川辺の葦原さ咲いてたけよのー。」というのでビックリしました。
「その川は何処ですか?」
「何処って言われてものー」
「何年くらい前ですか?」
「何年前って・・・もう50年も前でねんだろが。(笑)」
「その川は何処ですか?」
「何処って・・・櫛引だんども(^^; 」
「丸岡ですか?」
「!」「あんた櫛引わがんの?」
此処の奥さんは櫛引町下山添の出身で、枯れた葦原に春になると咲くピンクの日本桜草が綺麗で、それで覚えていたそうです。
その川(水路)は埋め立てられて、もう無いそうです。
奥さんいわく、辺り一面ピンク色という群生ではなく『枯れた葦原にポコ、ポコっと塊になって咲いていて、目立つなやの。』ということです。
更に驚いたことに、安野悌次先生を知っており、息子さんと同級生だったそうです。丸岡地区の上の地域の人は、高齢な方でも日本桜草を知らないというのに、丸岡地区の下の地域の人と下山添の人は記憶にあるというのですから、驚きです。50-40年前までは、自生していたんですね。
現在栽培中のピンクと白の日本桜草は、余目町の方からもらったそうです。誰からもらったのか、そこまで突っ込んで聞けませんでしたが、ホームセンターでも販売されてますし、町民全員が知り合いという感じの町でしたから、余目町の日本桜草は、譲渡による譲渡で町内中に広まっているようです。町のあちこちで見かけられて、嬉しい気持ちになれました。