2007年06月07日
鹿野沢 川なのに排水路
遊佐町の天狗森スキー場から旧道を通り鹿野沢集落へ抜ける。
旧道脇にあるのは側溝ではなく、沢。川の源流である。これでもアブラハヤが棲んでいるので、昔はもっと色々な魚が居たに違いない。
うっそうと生い茂る木立の中に、立派な神社がある。金刀比羅神社だ。
沢に沿うように集落内を進むと、歴史を感じさせる立派な石碑があった。
短い距離だが、立派な散策道だと思う。観光地化しなくても、歴史と文化、趣向溢れるモノが庄内には多く残っている。だが、鹿野沢という‘川’は存在しない。神社の脇を流れているのに‘排水路’とは、これ如何に。アブラハヤも「川なんですけどね」と嘆いていた。悲しいなあ。
『排水路』という言葉を聞いて、下水などを連想して汚いイメージを持つ人もいるかもしれないが、田んぼの用水路の水が集められる主要な水路のこと。田んぼ脇の用水路を脇道・路地とするなら、排水路は道幅が広い県道や国道みたいな大通りで、決して汚水ではない。
でも此処は、水源を持つ‘川’なのだ。歴史と文化に充ちた川なのに‘排水路’と明記することで、一般の人に‘川’であることを忘れ去らせようとしているかのようで、行政の思惑は嫌らしい。
神社脇を流れた水路が‘排水路’というは、あまりにも不自然でしょ。
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