2011年01月23日

vol.5 田村景福.3

3. 『あまり馴染みのない言葉なので、どこかで間違えるとそのまま広まってしまうのでしょう。
 検索すると幾つか出てきますね。』
と書かれ、『’遥台の夢’』でネット検索へリンクが張られていました。
ネット検索してみると、’瑶台の夢’ではなく、多くのサイトが’遥台の夢’と使っているようです。
これをみてますます『誤字のまま広まることなど、あるのだろうか?』と疑問に思いました。

そもそも桜草の品種名の多くは、漢詩や謡曲から用いられているそうで、
一般人には『あまり馴染みのない言葉』でも
明治大正時代の人にとって、漢詩や謡曲は知識であり娯楽であり
今よりずっと馴染みがあり見識も深かったはず。
そんな漢詩や謡曲から用いられた品種名に誤字があれば直ぐに気づくはず。

閑話
私は決して鳥居著『色分け花図鑑 桜草』の粗探しを行っているわけではない。
粗探しする気なら、鳥居著『色分け花図鑑 桜草』を掲載順に見て行けば良いだもの。
ネットサーフィンや資料を見て疑問に感じたことを調べているだけなのだが、
その調査の過程で、次々と『おや?』『あれ?』と出遭ってしまうのだ。
今回は、見ても判らないので今までまともに見る事も無かった、
鳥居著『色分け花図鑑 桜草』190-191ページにも掲載されている
明治40年1907年伊藤重兵衛の『櫻草銘鑑』を見ていて、たまたま気づいたのですが
上から二段目右から24番目『丹頂:紅中輪』
上から二段目右から25番目『竹取姫:白中輪』
この『丹頂:紅中輪』というが、ふと気になりました。

漢詩や謡曲などは無知ですが、動物や鳥なら、少しですが知っていますから
『丹頂』に見覚えがあり、確か鳥居著『色分け花図鑑 桜草』に載っていたはず。
また、私の所有品種を見てもらえば理解して貰えると思いますが
実は私、岩戸神楽、銀鶏鳥、銀覆輪、三保の古事、唐子遊、鞍馬、浮線綾、天女など
裏紅表白の花容に関心があるので、『丹頂』も気になって見ていたのです。
なので『丹頂:紅中輪』というが、ふと気になった次第です。

『櫻草銘鑑』丹頂の隣りが『竹取姫:白中輪』でした。
鳥居著『色分け花図鑑 桜草』63ページに
「竹取姫(たけとりひめ)」が載っていますが、白の単色で『櫻草銘鑑』の説明通りです。

鳥居著『色分け花図鑑 桜草』30ページ「丹頂(たんちょう)」
花弁の裏は濃い紅色、表は純白色。花色の美しさでは最高のもので、江戸時代以来、名花として伝わる。
繁殖力は旺盛とはいえず、所持者も少ない。草姿はそろいにくい。
丹頂鶴からの連想か。

加藤亮太郎著『日本桜草』昭和34年5月発行にも『丹頂:紅中輪』と載っており、
さくらそう会の『丹頂』は、これもまた鳥居氏に因る、品種名の乗っ取りではないのでしょうか?

読み慣れない古い文体の昭和15年11月1日発行『農業世界十一月号付録 桜草の作り方』や
加藤亮太郎著『日本桜草』を、何度も読み返しながら此処までBlog記事を書いてきましたけど、
書籍の文中に『丹頂』は登場して無かった気がします。
生き物好きで裏紅表白の花容に関心がある私です。文中に記載されていたら関心を抱いたはずです。
それに、
『花色の美しさでは最高のもの』などという物言いは、何所にも載っていません。
展示会において『草姿が不揃いなもの』は劣るとされ展示会での評価は
1.無極、2.玄妙、3.神奇、4.絶倫、5.雄逸、6.出群の6ツの品位で表されており、
花の色だけを語る事は有り得ないと思います。
部門別というか細かく語るのは現代人の癖の1つに思います。

鳥居氏によれば「所持者も少ない」そうですが、それは繁殖力の影響ではなく、
さくらそう会が品種名を偽って、
本当の『丹頂:紅中輪』と違う品種を紹介しているからではないのでしょうか?

鳥居著『色分け花図鑑 桜草』を読んでいますと、
花容から勝手に判断して品種名を改名しているケースが多々見受けられます。
さくらそう会認定の『丹頂』も、裏の濃い紅色と、表の純白から、勝手に『丹頂』と命名して
『櫻草銘鑑』に記載されている『丹頂:紅中輪』を
「品種名と花容のイメージと違う」として、勝手に品種名をすり替えたのではないのでしょうか?

加藤亮太郎著『日本桜草』と『農業世界十一月号付録 桜草の作り方』には
桜草の栽培の歴史として、桜草が登場する資料の数々と掲載されている品種数と品種名、
愛好家の組織だった連と当時有名な愛好家たち、
展示会に出品された鉢数や品種数、品種名が載っています。
その紹介の中に『丹頂』は載っていません。
ただし、読み返して見てみると、
加藤亮太郎著『日本桜草』61ページに、『鶏頭』という品種名が載っていました。
『桜草花品全』文化9年1812年洞水という画家が画いた
肉筆極彩色の写生画に記載されている品種名の中にみつけたのですが、
『鶏の頭』といえば紅と白。とさかはフリジン(ふりふり?しわしわ?)。
これこそが、さくらそう会認定の『丹頂』ではないでしょうか。
『鶏頭』という品種の花を見た鳥居氏とさくらそう会の世話人たちが
「この美しさは『鶏の頭』ではないでしょう。」
「品種名は芸名ですから、『丹頂』として認定しましょう。」
と、好き勝手なことを言いながら、
認定品種に決定した様を容易に想像できるのですが、いかがでしょう?

『神風』『高砂染』は品種名を戻せば済みますが
さくらそう会認定の『丹頂』は品種不明なので、処分されるべきでは???

vol.5 田村景福.3


閑話休題
浪華さくらそう会誌『日本桜草総銘鑑』で『瑶台の夢』を調べてみた。
すると、『遥台の夢』と記載されており、出典元が鳥居著『色分け花図鑑 桜草』となっていた。
鳥居著『色分け花図鑑 桜草』
鈴鹿冬三著『日本サクラソウ』
加藤亮太郎著『日本桜草』
昭和15年11月1日発行『農業世界十一月号付録 桜草の作り方』
上記全てで『瑶台の夢』と表記されており
『日本桜草総銘鑑』は、同音の漢字を用いてしまった誤記のようです。

「遥台」は間違い。「瑶台」でないと意味が通じない。
というのは解りましたけど、「瑶台の夢」という品種名には未だ釈然としません。
花色に合いませんし、意味がピンときません。
作者が品種名に託した想いが伝わってこない。
田村景福氏が作出された品種名と比べても、どこか違う気がする。
田村景福氏の生年月日は知りませんけど、明治大正と生きた人として、ひねりを感じません。
ストレート過ぎて、江戸っ子の粋を感じない。
大正時代に「瑶台の夢」として発表された品種が
現代では「遥台の夢」と誤字のまま多く出回っている。
なぜだろう・・・。

閑話
鳥居著『色分け花図鑑 桜草』95ページ「瑶台の夢」作出年代:大正7年1918年 田村景福発表
鳥居著『色分け花図鑑 桜草』45ページ「夕陽紅」作出年代:大正7年1918年 田村景福発表。
鳥居著『色分け花図鑑 桜草』129ページ「鹿島」作出年代:明治40年1907年 伊藤重兵衛発表。
明治40(1907)年は伊藤重兵衛が発表した年ではなく『櫻草銘鑑』が発行されたに過ぎない。
大正7年1918年発表という件に関しては、鳥居著『色分け花図鑑 桜草』以外の資料には載っていない。
「瑶台の夢」と「夕陽紅」も大正7年1918年の作出ではなく
大正7年1918年発行の何かしらの資料に載っていた。というだけのことであろう。
こんないい加減な図鑑が在って良いのだろうか。
生き物が好きで図鑑を眺めて育った私としては、怒りを禁じ得ない。

閑話休題
鳥居著『色分け花図鑑 桜草』のせいで話しが横道に反れてばかりで話しが前に進みませんけど
さくらそう会認定の『丹頂』を所有する人が少ないのは、
伊藤重兵衛の『櫻草銘鑑』に載っている『丹頂』と違うから。
一方、「瑶台の夢」が「遥台の夢」と誤字で栽培されている方が多い理由として
田村景福氏が「遥台の夢」と命名したからこそ、「遥台の夢」のまま広まっている。
とは言えないでしょうか?

「「遥台」では意味をなさいから、誤り。「瑶台」が正しい。」という理屈は理解しますけど、
「瑶台の月」では釈然としませんが、
『細く長くで良いから末永く愛される花であってほしい』という願いから
「瑶台」をもじって「遥台の月」と命名したとは、考えられないでしょうか。

「瑶台の月」では命名した想いが理解できませんが
時代背景からも「遥台の月」だと理解できるんですよ。

田村景福氏の居住地は本郷駒込富士前町。本郷駒込といえば夏目漱石の居住地。
夏目漱石は国留学から帰国後、明治36年1903年3月から明治9年12月まで、
本郷区駒込千駄木町57番地に居住していた、ご近所さん。
現在の文京区向丘2-20-7(日本医科大学同窓会館)に夏目漱石旧居跡猫の家として石碑あり。
田村景福氏「瑶台の月」大正7年1918年発表に対して、
夏目漱石は大正5年1916年12月9日に亡くなっています。
新しく作出した花を命名する際、広く人気を得た作家の影響を受け、
「瑶台」をもじって「遥台の月」と命名したのではいのか、と思ってしまうわけです。

明治大正時代は西洋文化が入り、外国語に当て字が使われ、
ひらながカタカナが使われて同音の漢字を用いた造語や新しい言葉が生まれた時代です。
wikipediaの夏目漱石の項には、
夏目漱石の作品には、順序の入れ替え、当て字等言葉遊びの多用が見られる。
として、夏目漱石の『言葉遊び』や『造語』も紹介されています。
夏目漱石の造語とされる「肩が凝る」は、クイズ番組に良く出題されていますし
現在、日常の中で普通に使われている単語が多く見受けられます。
今は常識でも、当時は『言葉遊び』と『造語』だったのです。
そんな時代に「瑶台」をもじって「遥台の月」としても、おかしくはないでしょ?!

言葉遊びは夏目漱石だけはなく、
夏目漱石の本を装丁した画家の津田青楓の名前、青い楓にも見てとれます。
それが明治大正時代の意気込みであり、風流というユーモアなのではないでしょうか。

明治大正と生きてきた人たちの気風と時代背景を思うと、
「遥台の月」の方がひねりが利いて ‘粋’ に感じるんですよね。


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