2010年02月09日
今更ですが.18
サクラソウ127園芸品種の葉緑体DNA型(ハプロタイプ)『品種識別、親子関係、由来に関する情報』
最後となったハプロタイプ γ は、61品種もあるので、数回に分けて記していきたいと思います。
まずは3-4倍体5品種を掲載します。
ハプロタイプ γ
汐煙 3倍体 長花柱花
白珠 3倍体 長花柱花 昭和37年 松木俊一 「越路の雪」の実生
獅子頭 3倍体 短花柱花 江戸後期 「紫雲の重」と同品
天女 3倍体 短花柱花 昭和57年 中村長次郎 「三保の古事」の実生
神風 4倍体 短花柱花 明治 荒井与左衛門 「西王母」の自然4倍体
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汐煙 γ 3倍体 長花柱花
(鳥居80ページ「汐煙」:長柱花 江戸末期 類似品種記載なし。
古記録には汐煙は存在せず、大正時代に発表されたものがあったが、この花とは別品種である。
吉野山、仙人、小塩山、絵日傘などの名で存在したなかから、花容に合った汐煙を採用して認定した。)
(鈴鹿167ページ「吉野山」:表白裏薄紅藤色大輪)
(鈴鹿164ページ「仙人」:表白裏薄紅藤色大輪)
(鈴鹿161ページ「小塩山」:表白裏薄大輪)
(鈴鹿「絵日傘」記載なし)
なぜ、花容から無理矢理同定を行うのだろう。
鳥居氏と東京のさくらそう会では、吉野山、仙人、小塩山、絵日傘などの品種を、どう取り扱っているのか気になる。
花容から、勝手に名前を当てはめて、良いはずがない。
こういう由来が不透明ないい加減な品種をサンプルにして意味はあるのだろうか。
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白珠 γ 3倍体 長花柱花 昭和37年 松木俊一 「越路の雪」の実生
(鈴鹿140ページ「白珠」:松木俊一氏作 戦時中の作出であったが、同氏が戦後に命名されたものでである。)
(鳥居60ページ「白珠」:僅長柱花 昭和37(1962)年 松木俊一発表 類似品種記載なし。)
↑
鳥居氏は「白珠」が「越路の雪」の実生であることは触れていない。図鑑とし不親切。
(鈴鹿163ページ「越路の雪」:白大輪筒薄藤色)
(鳥居58ページ「越路の雪」:僅長柱花 江戸末期 類似品種なし。「田子の浦」「香炉峰」の名で存在するものは同品種。)
(鈴鹿164ページ「田子の浦」:雪白つかみ咲大輪)
(鈴鹿151ページ「香炉峰」:白色系中の名花で、文化年間に記録があります。10数年前に、愛好家の間で間違ったものがつくられており、本ものを配布するために毎年10数鉢も育てて増殖につとめた思い出があります。)
(鳥居「田子の浦」「香炉峰」記載なし)
鈴鹿氏の「香炉峰」を思い出話しの原因は、鳥居氏と東京のさくらそう会が原因だということを、鳥居氏の此処までの文面から、今更ながら気づきました。
大城氏が記してる事項は、『「田子の浦」「香炉峰」の名で存在するものは同品種』とも書いてませんし、鈴鹿氏の著を参考にされてものでしょう。
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獅子頭 γ 3倍体 短花柱花 江戸後期 「紫雲の重」と同品
(鈴鹿157ページ「獅子頭」:「紫雲の重」に似ているが、表の色が「紫雲の重」より濃い。華麗な花ではあるが、その風趣は「紫雲の重」に及ばない。)
(鳥居114ページ「獅子頭」:短柱花 江戸末期 類似品種記載なし。
「紫雲の重」と「獅子頭」については、紫色が多く広がっている獅子頭のほうが色彩的に勝っていると考える。
「世々の誉」「雲上人」の名で栽培されたものは、この両者と同品種。)
鈴鹿氏も鳥居氏も、「獅子頭」を「紫雲の重」と同品種とは記載していないが
大城氏は何を参考文献としたのだろう。鳥居著「さくらそう」1985年には、記載されているのかもしれない。
鳥居氏の解説は、明らかに鈴鹿氏を意識していて滑稽だ。
(鈴鹿152ページ『代々の誉』の項「世々の誉」:「世々の誉」は別名。これは紫雲重と同品。)
(鈴鹿152ページ『代々の誉』:明治時代に記載されているものはすべて、「藤色抱咲」とあります。
ところが筆者宅には昭和47年まで、右の「藤色抱咲」のものがあり、惜しいことに枯らしてしまいましたが、
それとは別に、「鴇色抱咲大輪」のものがあり、亡父の記録帳を丹念に調べたところ、
すでに昭和8-9年ごろに、この系統を入手、さきの「藤色抱咲」系も同じく保存してありました。
異名同種では混乱するため、調査したところ、昭和15年の農業世界11月号付録、サクラソウのつくり方には、後者が記されており
また最近、中村長次郎氏の連絡により、昭和8年実際園芸に永井誠也氏もこの後者を記されておるとのことで、
筆者もいまだにそのままにしているのですが、混乱をさけるための何らかの方法を講じるべきだと考えています。
(鈴鹿『世々の誉』記載なし。)
(鳥居、当然『世々の誉』記載なし。)
(鳥居151ページ『代々の誉』:僅長柱花 明治中期か 類似品種記載なし。
最近まで「御国の誉」の名で流布していたが、一部では「代々の誉」となっており、これを原名と考えることにした。
古記録にある「代々の誉」は紫色で「世々の誉」の名で存在したが、これは「獅子頭」であった。)
(鈴鹿166ページ「御国の誉」:鴇色地紅絞大輪。)
(鳥居、当然「御国の誉」記載なし。)
(鈴鹿162ページ「雲の上人(くものしょうにん)」:紫表移白大輪。)
(鳥居、当然「雲上人」記載なし。)
鈴鹿氏を意識している鳥居氏は、此処に功績の臭いを嗅ぎ付けたのか、根拠を示さぬまま無茶苦茶な論法を展開したものです。
これに納得し同調している東京のさくらそう会にも呆れるばかりです。
本来の「御国の誉」はどういう扱いになっているのかしら。
「御国の誉」は「代々の誉」と同品種ということで吸収して消滅させる気ですかね?
鳥居氏の言い分には無理があるが、独自の判断基準を基に巧みに練り上げた文章なので、無知な素人は素直に読み進んでしまう。
浪華さくらそう会長山原氏は、同定作業を断念したという。良識と常識ある方なら、無理にまとめることをするまい。
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天女 γ 3倍体 短花柱花 昭和57年 中村長次郎 「三保の古事」の実生
(鈴鹿147ページ「天女」:中村長次郎氏作出命名。昭和42年播種、45年作出された優秀花です。親は「三保の古事」で短柱花です。)
(鈴鹿141ページ「天女」:「三保の古事」の実生。昭和四十四年選出。)
(鳥居102ページ「天女」:短柱花 1982年認定中村長次郎発表 類似品種記載なし。
作出年代を記さず、東京のさくらそう会が1982年認定した年代を記しているが、
図鑑と銘打っているからには、作出年月日を書くべき。作出者に対して失礼だ。
鳥居氏は「三保の古事」の実生ということも紹介していないので、
大城氏の記載は、鈴鹿著「日本サクラソウ」を参考にしたか。
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神風 γ 4倍体 短花柱花 明治 荒井与左衛門 「西王母」の自然4倍体
『神風』
(鳥居81ページ「神風」(じんぷう):短柱花 明治中期 荒井与左衛門発表 類似品種記載なし。
豪快な花容から神風と名付けられた、のちに大和神風となったが、原名に戻して認知した。)
(鈴鹿162ページ「神風」(かみかぜ):白狂咲大輪)
(鈴鹿166ページ「大和神風」(やまとかみかぜ・やまとじんぷう):表曙白裏桃色垂咲巨大輪))
他でも書いたので、割愛。
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最後となったハプロタイプ γ は、61品種もあるので、数回に分けて記していきたいと思います。
まずは3-4倍体5品種を掲載します。
ハプロタイプ γ
汐煙 3倍体 長花柱花
白珠 3倍体 長花柱花 昭和37年 松木俊一 「越路の雪」の実生
獅子頭 3倍体 短花柱花 江戸後期 「紫雲の重」と同品
天女 3倍体 短花柱花 昭和57年 中村長次郎 「三保の古事」の実生
神風 4倍体 短花柱花 明治 荒井与左衛門 「西王母」の自然4倍体
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汐煙 γ 3倍体 長花柱花
(鳥居80ページ「汐煙」:長柱花 江戸末期 類似品種記載なし。
古記録には汐煙は存在せず、大正時代に発表されたものがあったが、この花とは別品種である。
吉野山、仙人、小塩山、絵日傘などの名で存在したなかから、花容に合った汐煙を採用して認定した。)
(鈴鹿167ページ「吉野山」:表白裏薄紅藤色大輪)
(鈴鹿164ページ「仙人」:表白裏薄紅藤色大輪)
(鈴鹿161ページ「小塩山」:表白裏薄大輪)
(鈴鹿「絵日傘」記載なし)
なぜ、花容から無理矢理同定を行うのだろう。
鳥居氏と東京のさくらそう会では、吉野山、仙人、小塩山、絵日傘などの品種を、どう取り扱っているのか気になる。
花容から、勝手に名前を当てはめて、良いはずがない。
こういう由来が不透明ないい加減な品種をサンプルにして意味はあるのだろうか。
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白珠 γ 3倍体 長花柱花 昭和37年 松木俊一 「越路の雪」の実生
(鈴鹿140ページ「白珠」:松木俊一氏作 戦時中の作出であったが、同氏が戦後に命名されたものでである。)
(鳥居60ページ「白珠」:僅長柱花 昭和37(1962)年 松木俊一発表 類似品種記載なし。)
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鳥居氏は「白珠」が「越路の雪」の実生であることは触れていない。図鑑とし不親切。
(鈴鹿163ページ「越路の雪」:白大輪筒薄藤色)
(鳥居58ページ「越路の雪」:僅長柱花 江戸末期 類似品種なし。「田子の浦」「香炉峰」の名で存在するものは同品種。)
(鈴鹿164ページ「田子の浦」:雪白つかみ咲大輪)
(鈴鹿151ページ「香炉峰」:白色系中の名花で、文化年間に記録があります。10数年前に、愛好家の間で間違ったものがつくられており、本ものを配布するために毎年10数鉢も育てて増殖につとめた思い出があります。)
(鳥居「田子の浦」「香炉峰」記載なし)
鈴鹿氏の「香炉峰」を思い出話しの原因は、鳥居氏と東京のさくらそう会が原因だということを、鳥居氏の此処までの文面から、今更ながら気づきました。
大城氏が記してる事項は、『「田子の浦」「香炉峰」の名で存在するものは同品種』とも書いてませんし、鈴鹿氏の著を参考にされてものでしょう。
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獅子頭 γ 3倍体 短花柱花 江戸後期 「紫雲の重」と同品
(鈴鹿157ページ「獅子頭」:「紫雲の重」に似ているが、表の色が「紫雲の重」より濃い。華麗な花ではあるが、その風趣は「紫雲の重」に及ばない。)
(鳥居114ページ「獅子頭」:短柱花 江戸末期 類似品種記載なし。
「紫雲の重」と「獅子頭」については、紫色が多く広がっている獅子頭のほうが色彩的に勝っていると考える。
「世々の誉」「雲上人」の名で栽培されたものは、この両者と同品種。)
鈴鹿氏も鳥居氏も、「獅子頭」を「紫雲の重」と同品種とは記載していないが
大城氏は何を参考文献としたのだろう。鳥居著「さくらそう」1985年には、記載されているのかもしれない。
鳥居氏の解説は、明らかに鈴鹿氏を意識していて滑稽だ。
(鈴鹿152ページ『代々の誉』の項「世々の誉」:「世々の誉」は別名。これは紫雲重と同品。)
(鈴鹿152ページ『代々の誉』:明治時代に記載されているものはすべて、「藤色抱咲」とあります。
ところが筆者宅には昭和47年まで、右の「藤色抱咲」のものがあり、惜しいことに枯らしてしまいましたが、
それとは別に、「鴇色抱咲大輪」のものがあり、亡父の記録帳を丹念に調べたところ、
すでに昭和8-9年ごろに、この系統を入手、さきの「藤色抱咲」系も同じく保存してありました。
異名同種では混乱するため、調査したところ、昭和15年の農業世界11月号付録、サクラソウのつくり方には、後者が記されており
また最近、中村長次郎氏の連絡により、昭和8年実際園芸に永井誠也氏もこの後者を記されておるとのことで、
筆者もいまだにそのままにしているのですが、混乱をさけるための何らかの方法を講じるべきだと考えています。
(鈴鹿『世々の誉』記載なし。)
(鳥居、当然『世々の誉』記載なし。)
(鳥居151ページ『代々の誉』:僅長柱花 明治中期か 類似品種記載なし。
最近まで「御国の誉」の名で流布していたが、一部では「代々の誉」となっており、これを原名と考えることにした。
古記録にある「代々の誉」は紫色で「世々の誉」の名で存在したが、これは「獅子頭」であった。)
(鈴鹿166ページ「御国の誉」:鴇色地紅絞大輪。)
(鳥居、当然「御国の誉」記載なし。)
(鈴鹿162ページ「雲の上人(くものしょうにん)」:紫表移白大輪。)
(鳥居、当然「雲上人」記載なし。)
鈴鹿氏を意識している鳥居氏は、此処に功績の臭いを嗅ぎ付けたのか、根拠を示さぬまま無茶苦茶な論法を展開したものです。
これに納得し同調している東京のさくらそう会にも呆れるばかりです。
本来の「御国の誉」はどういう扱いになっているのかしら。
「御国の誉」は「代々の誉」と同品種ということで吸収して消滅させる気ですかね?
鳥居氏の言い分には無理があるが、独自の判断基準を基に巧みに練り上げた文章なので、無知な素人は素直に読み進んでしまう。
浪華さくらそう会長山原氏は、同定作業を断念したという。良識と常識ある方なら、無理にまとめることをするまい。
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天女 γ 3倍体 短花柱花 昭和57年 中村長次郎 「三保の古事」の実生
(鈴鹿147ページ「天女」:中村長次郎氏作出命名。昭和42年播種、45年作出された優秀花です。親は「三保の古事」で短柱花です。)
(鈴鹿141ページ「天女」:「三保の古事」の実生。昭和四十四年選出。)
(鳥居102ページ「天女」:短柱花 1982年認定中村長次郎発表 類似品種記載なし。
作出年代を記さず、東京のさくらそう会が1982年認定した年代を記しているが、
図鑑と銘打っているからには、作出年月日を書くべき。作出者に対して失礼だ。
鳥居氏は「三保の古事」の実生ということも紹介していないので、
大城氏の記載は、鈴鹿著「日本サクラソウ」を参考にしたか。
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神風 γ 4倍体 短花柱花 明治 荒井与左衛門 「西王母」の自然4倍体
『神風』
(鳥居81ページ「神風」(じんぷう):短柱花 明治中期 荒井与左衛門発表 類似品種記載なし。
豪快な花容から神風と名付けられた、のちに大和神風となったが、原名に戻して認知した。)
(鈴鹿162ページ「神風」(かみかぜ):白狂咲大輪)
(鈴鹿166ページ「大和神風」(やまとかみかぜ・やまとじんぷう):表曙白裏桃色垂咲巨大輪))
他でも書いたので、割愛。
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Posted by さくら at 21:04│Comments(0)
│日本桜草について


