2010年01月30日

今更ですが.10

『サクラソウ127園芸品種の葉緑体DNA型(ハプロタイプ)』の内
「今更ですが.8」で「大須磨」「秋の装」「雪月花」を、
「今更ですが.9」ではハプロタイプ α の「連鶴」「絞竜田」「南京小桜」を検証。
今回ハプロタイプ G の8品種を検証しましたので、「今更ですが.10」として掲載します。

今回合わせえて14品種を紹介したことになりますが、
本来『品種識別、親子関係、由来に関する情報』の出典元を探るのが趣旨ですが、
東京のさくらそう会世話人代表である鳥居恒夫氏が、さくらそう界では巨頭の1人であるがゆえに
意に反して、どうしても個人批判的な内容になってしまい、私自身少々後味悪く思っております。
残り113品種を調べて掲載することが、なんか嫌になってきました。
悪意はありませんでの、趣旨の旨を、悪しからずご理解願いします。

サクラソウ127園芸品種の葉緑体DNA型(ハプロタイプ)『品種識別、親子関係、由来に関する情報』

ハプロタイプ G
六玉川  長花柱花 江戸後期
岩戸神楽 長花柱花 江戸後期 「一の谷」は同品
喰裂紙  2倍体 長花柱花 江戸後期
五大州  2倍体 長花柱花 明治
飛燕   2倍体 長花柱花 明治?
美女の舞 2倍体 長花柱花 大正末期 鈴鹿義一
国の光  2倍体 長花柱花 昭和初期 大鐘あぐり
隠れ蓑  3倍体 短花柱花 江戸後期 「嵐山」「嵯峨の春」「雨竜」と同品

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六玉川(むたまがわ) G 長花柱花 江戸後期
(鈴鹿166ページ「六玉川」:表白裏薄色大輪)
(鳥居139ページ「六玉川」:長柱花 江戸末期 類似品種: 記載無し。)


趣旨とズレてしまうけど、
こうして色々なサイトに掲載されたサクラソウの画像を並べて見比べると
鳥居著『色分け花図鑑 桜草』を参考にしているという有名サイトの中にも
『このサイトだけ、花が違う。』と感じることが多々あり、
品種を正しく伝えることの難しさを感じます。

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岩戸神楽 長花柱花 江戸後期 「一の谷」は同品
(鈴鹿160ページ「岩戸神楽」:裏薄紅内白切咲大輪)
(鳥居20ページ「岩戸神楽」:長柱花 江戸末期か 類似品種記載無し。神楽を舞うときの幣帛を連想した命名かと思われる。)
鳥居氏の「岩戸神楽」品種命名由来は憶測にしか思えない。さくらそう会も総意しているのだろうか。

(鈴鹿143ページ「一の谷」:忠度 箙 通盛)
(鳥居「一の谷」の掲載無し。)
本城正憲氏が『岩戸神楽』と『一の谷』を同品と同定した理由はなに? 出典はどこ?

web上に「一の谷」の画像と記述無し(みつけられず)。


埼玉県花と緑の振興センターにも『一の谷』はありませんでしたが、
『岩戸神楽』と同品種として「浮線綾」が紹介されてあり、このとき初めて知りました。
(鳥居91ページ「浮線綾」:江戸末期 類似品種記載無し。変わっているのは緑斑が入ることである。「浮線綾」とは本来は「綾織」で、のちに紋様の呼び名となった。神官の袴などにみられるのもで、「浮陵」と書くのは間違いである。)

勉強不足なので解説が理解できません。
掲載画像を見ると花弁に緑斑が見受けられません。
『緑斑が入ることもある』なら、「花筏」と類似品で何か関係あるのかしら。
無関係なら、鳥居氏の鉢が桜草ヴィールス病なのかしら。
本来は「綾織」なら「浮線綾」で良いのでは?
『神官の袴などにみられるのもで、「浮陵」と書くのは間違いである。』というのは、
鳥居氏の解釈でしかないのではないか?

きちんと『名前の由来と品種がわかる』本が欲しい。

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喰裂紙(くいさきがみ) G 2倍体 長花柱花 江戸後期
(鈴鹿:記載無しですが、146ページ『鶴の毛衣(ツルノケゴロモ)』の項に「喰裂紙」に関する記述あり。
純白、切弁抱え咲大輪で、同品種といわれているものに喰裂紙、吹雪笠などがありますが、昭和35年の筆者の記録では、喰裂紙より花弁の切れ込みが多く、より優秀花であるとなっています。10年ほど前より、どう間違ったのか、喰裂紙とほとんど同品種になってしまっています。花つきは至って良好で、栽培も容易です。古花。)
(鳥居57ページ「喰裂紙」:長柱花 江戸末期 類似品種 母の愛 白滝 山下白雨。横向き咲き。)




サクラソウ127園芸品種の葉緑体DNA型(ハプロタイプ)の中に「母の愛」もあるので
「母の愛」項を設けた際に改めて記載すると思うが、一応此所にも記しておく。
(鈴鹿165ページ「母の愛」:白大輪鋸歯弁)
(鳥居64ページ「母の愛」:長柱花 垂れ咲き 大正12(1923)年 永井誠也発表 類似品種 喰裂紙 白滝 山下白雨。
鳥居63ページ「連鶴(受け咲き)」の芽変わりとされるが、「母の愛」はもうひとつ別品種が存在するので、間違いがあった疑いも残る。)
鳥居氏の客観的な解説は素直に読めたが、「もうひとつ別品種が存在する」それを詳しく教えてほしいし。
また、こういう曖昧な情報を参考にした研究は、如何なものであろう。

個人的に「喰裂紙」も好きな花の一つなのですが、
東京のさくらそう会HPのリンク先の『類似品種061喰裂紙、151母の愛』では、
『母の愛は喰裂紙に比べ花弁先端のかがりが深く、咲き方が深く抱える』ということと
喰裂紙は横向きに咲き、母の愛は垂れ咲きという2点を相違点としてあげています。
展示会出展作品の中には、「垂れ咲きの喰裂紙」が出ていることもあります。
東京のさくらそう会の見解によれば、右下は「母の愛」ということになってしまいます。


鳥居氏の主張は正しいのだろうか。鳥居氏の「喰裂紙」と「母の愛」は本物なのだろうか。
鳥居著『色分け花図鑑 桜草』をバイブルとされている方にも、「垂れ咲きの喰裂紙」が載ってました。
鳥居氏の主張というかさくらそう会は、まいどまいど根拠が示されていないので、悩まされます。


鳥居氏の粗探しをしている分けではないが、
『色分け図鑑 桜草』を読むと、どうしても苦言を述べずにはいられなくなる。
(鳥居69ページ「山下白雨(さんかはくう):短柱花 1997年度認定 鳥居恒夫発表。
 古花の「喰裂紙」より大輪で、少し遅く咲き、長く楽しめる。繁殖は中程度だが、確実にふえ、「喰裂紙」を育てる人が少なくなった。)
著者自身の作出命名品種の自画自賛には呆れてしまう。
何をもって『確実にふえ』ると断言するのか、根拠を示していただきたい。
何をもって『「喰裂紙」を育てる人が少なくなった』と発言されるのかお教えいただきたい。
花の楽しみ方、愛でる想いは人それぞれなのだから、他の花を引き合いに出し、踏み台に使うような記述は控えるべきである。

(鈴鹿:165ページ「母の愛」。163ページ「 白滝 」。)
(鳥居:「鶴の毛衣」「吹雪笠」の記述無し。)
web上に「吹雪笠」の記述と画像無し。



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五大州(ごだいしゅう) G 2倍体 長花柱花 明治
(鈴鹿163ページ「五大州」)
(鳥居78ページ「五大州」:長柱花 明治中期 類似品種 浜千鳥。
 類似する浜千鳥より桃色が鮮明で、糸覆輪からも判別できる。)
(鳥居88ページ「浜千鳥」:長柱花 昭和前期か 類似品種 五大州。
 五大州に似て、玉咲きに近いつかみ咲きとなるが、明るい桃色ではなく、沈んだ色調だけに地味である。)

『・・・』

「五大州」と「浜千鳥」は、鈴鹿著『日本サクラソウ』に関係無いのに、
「浜千鳥」が悪く書かれています。『なんでだろう』と考えた時、
此処まで10品種(大須磨・秋の装・雪月花・連鶴・絞竜田・南京小桜・六玉川・岩戸神楽・喰裂紙・五大州)と調べてきて、
鳥居氏の性格というか手法を漸く理解しました。

鳥居氏の文法は、一方のイメージを悪くすることで、もう一方の浮き上がらせる、対比法。
一方を悪く記載するのは、好みの花を高く評価付けさせるための誘導であり、一種の自己顕示欲の現れだったんですね。
「五大州」の類似品種として「浜千鳥」を掲げ、「浜千鳥」を『沈んだ色調だけに地味』と、こき下ろす。
「山下白雨」でも、なぜ「喰裂紙」を引き合いに出したのか不思議でした。
他にも品種の説明に余計な主観を記載するのが理解できませんでしたが、此処に来て納得です。



埼玉県花と緑の振興センターでは
「五大州」の類似品種に「浜千鳥」「桜の笑」「国の光」を掲げていました。
「国の光」は、「国の光」の項の時に紹介するとして
埼玉県花と緑の振興センターの「浜千鳥」「桜の笑」は似てますけど、
他の栽培者の「浜千鳥」とは、似てない気がします。




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飛燕(ひえん) G 2倍体 長花柱花 明治?
(鈴鹿165ページ「飛燕」)
(鳥居89ページ「飛燕」:長柱花 昭和初年か 類似品種 夕栄 朝日潟 濡燕。
 この色調のなかでは大輪咲きで、強い個性を持たないが、このような花があることで、他の花が引き立って見える。)


資料の中では『明治?』だが、鳥居著『色分け花図鑑 桜草』では『昭和初年か』となっている。
『品種識別、親子関係、由来に関する情報』に関係は無いが、
「このような花があることで、他の花が引き立って見える。」と、また余計な記述をしているので、類似品種を調べてみる。

(鈴鹿167ページ「夕栄」)
(鳥居94ページ「夕栄」:長柱花 江戸末期 類似品種 飛燕 濡燕 朝日潟。
 花形よく、花つき多く、草姿が整って咲きそろう優秀花。性質も強く育てやすく、段咲きとなりやすい。)
段咲きとなりやすい品種を『草姿が整って咲きそろう優秀花』と言える基準は何だろう?



(鈴鹿159ページ「朝日潟」)
(鳥居72ページ「朝日潟」:短柱花 江戸末期か 類似品種 濡燕 飛燕。)
類似品種に、なぜか「夕栄」の記載が無い。



(鈴鹿165ページ「濡燕」:裏薄紫表底紫吹掛平咲大輪)
(鳥居85ページ「濡燕」:短柱花 江戸末期 類似品種 朝日潟 夕栄。花弁の裏側は淡桃色、表は底紅で目がある。花形、花色ともに野生品に近く、花茎は長く伸びる。葉はやや小型で鋸歯は丸い。「華錦」「老の友」の名で存在したのは同品種。)
類似品種に、なぜか「飛燕」の記載が無い。

(鈴鹿151ページ「老の友(オイノトモ)」:内曙白裏薄桃色重弁平咲大輪で、花茎もよくそろい、至ってつくりやすい品種。風情にはとぼしいが花つきもよく、ほのかな感じの色彩で初心者に人気があります。すこし似たものに「濡燕」があるがまったくの別品。「濡燕」は内紫ボカシ裏薄紫の単純な桜弁で、重弁ではなく、また「翁の友」は別品種です。)
(鳥居「老の友」の記載無し)
『品種識別、親子関係、由来に関する情報』に関係は無いが、
鳥居氏が何をもって「濡燕」と「華錦」&「老の友」を同品種としたのか、根拠を示していただきたい。
web上に「老の友」の画像無し。




鳥居氏と東京のさくらそう会を品種認定基準に取り入れている埼玉県花と緑の振興センターHPに
「濡燕」の記載は無いが、『濡乙鳥 認定番号140 ぬれつばめ』が載っている。


(鈴鹿161ページ「翁の友」)
(鳥居141ページ「翁の友」:長柱花 江戸末期か 類似品種 隠れ蓑 泥中の玉。)
(鳥居138ページ「隠れ蓑」ハプロタイプ G:短柱花 江戸末期 類似品種 泥中の玉 翁の友。
 異種同名が多く、「嵐山」「嵯峨の春」「雨竜」などはまったく同じもの。)
サクラソウ127園芸品種の葉緑体DNA型(ハプロタイプ)の中に「隠れ蓑」もあるので
「隠れ蓑」に関することは、「隠れ蓑」項を設けた際に改めて記載する。

「飛燕」の『名前の由来と品種がわかる』だけでよい話しなのに、
どうして次々関連していくのだろう。
鳥居氏の解説が下手なだけという話しなのだろうか。疲れる。

(鈴鹿「華錦」の記載無し)
(鳥居「華錦」の記載無し)

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美女の舞(びじょのまい) G 2倍体 長花柱花 大正末期 鈴鹿義一
(鈴鹿158ページ「美女の舞」:鈴鹿義一の作出命名。
 昭和2年の押花帳に、すでに残されているから、多分大正末期の作と思われる。類似品に「勇獅子」がある。)
(鳥居71&88ページ「美女の舞」:長柱花 大正末(1923)年頃 鈴鹿義一発表 類似品種 勇獅子。
 古花の勇獅子に似るが、弁先のかがりが繊細で狂いが少なく、花は少し小形。花色が明るい点で判別できる。)

鳥居氏が絶賛し、桃色の花のトップページ(71ページ)に画像が載っている。
一方で鈴鹿氏は、義父である鈴鹿義一氏の作出命名でありながら、客観的に簡素に綴っている。
鳥居氏は、好みの花はドーン!と紹介するけれど、好きじゃない花は良く言わない人のようだ。



それにしても、鈴鹿氏が義父の作出年代を「多分大正末期の作と思われる」としているにも関わらず
なぜ他人である鳥居氏が「大正末(1923)年頃」と言えたのであろう。出典を明かしてほしい。

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国の光 G 2倍体 長花柱花 昭和初期 大鐘あぐり
(鈴鹿122ページ「国の光」)
(鳥居78ページ「国の光」:長柱花 昭和初(1927)年頃 大鐘あぐり発表。類似品種記載無し。
 大鐘女史の最優秀花で、はじめは鐘光、のちに国の光とされた。)


大城氏の資料では「昭和初期」だが、鳥居氏では昭和初年頃となっている。
微妙な表現の違いではあるが、
そこに『丸々コピーしていないぞ』という大城氏の気持ちを窺い知ることができて、お面白い。
と同時に、鳥居氏の作出年代に信憑性がないと判断し、後々問題視されることを避け
具体的な数字の記載を止め、幅を持たせた記述にしているようにも見受けられる。

例えば論文に、
香炉峰:越路の雪と同じ可能性
越路の雪:「田子の浦」「香炉峰」現存品はまずこれ。
旭鶴:「入日の灘」と同じ可能性
上記のような「同じ可能性」「現存品はまずこれ」などという抽象的な表現が許される訳はないと思うのですが、
「参考文献記載内容である」と主張することができます。
でも、作出年代に関しては研究趣旨からそのような言い訳は通用しないと判断して、幅を持たせたのだと思います。

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隠れ蓑 G 3倍体 短花柱花 江戸後期 「嵐山」「嵯峨の春」「雨竜」と同品
(鈴鹿153ページ「隠れ蓑」:底曙白裏桃色切弁、抱えやや垂れ咲きの大輪。花茎剛直、花つきも至ってよく、桜花爛漫といった感じです。古花で名花の1つですが、「嵯峨の春」「嵐山」「名取川」などの類似品があります。)
(鳥居138ページ「隠れ蓑」ハプロタイプ G:短柱花 江戸末期 類似品種 泥中の玉 翁の友。
 最も優良な普及品種。それだけに異種同名が多く、「嵐山」「嵯峨の春」「雨竜」などはまったく同じもの。)
『最も優良な普及品種』の根拠は何所にあるのだろう。
曖昧な根拠を元に『それだけに異種同名が多く』と断言できるのだろうか。
憶測もいい加減にしてほしい。



鈴鹿=類似品:「嵯峨の春」「嵐山」「名取川」などの類似品があります。
鳥居=異名同種:「嵐山」「嵯峨の春」「雨竜」などはまったく同じもの。
(鈴鹿163ページ「嵯峨の春」:表白裏縁へりぼかし大輪)
(鈴鹿159ページ「嵐山」:薄色曙表白重鋸歯大輪)
(鈴鹿「名取川」記載無し)
(鳥居「嵐山」「嵯峨の春」「雨竜」当然記載無し)
鳥居氏は同定した理由を示してほしい。
大城氏の論文には参考文献の資料として掲載されただけで、
研究結果として『「嵐山」「嵯峨の春」「雨竜」と同品』と同定され、記載されているわけではない。
あくまで鳥居氏の主張に過ぎないことを、我々は理解しなければいけない。

鳥居恒夫著『色分け花図鑑 桜草』2006年のサブタイトルは「名前の由来と品種がわかる」であるが
わずか14品種を調べただけでも、内容が怪しい事が、窺い知れてくる。
またこのような内容の書物を参考文献にして、良いものだろうかと首を傾げてしまう。

(鈴鹿161ページ「翁の友」)
(鳥居141ページ「翁の友」:長柱花 江戸末期か 類似品種 隠れ蓑 泥中の玉。)
(鈴鹿164ページ「泥中の玉」)
(鳥居141ページ「泥中の玉」:長柱花 江戸末期 類似品種 隠れ蓑 須磨の曙。)
(鈴鹿163ページ「須磨の曙」)
(鳥居141ページ「須磨の曙」:長柱花 昭和前期か 類似品種 泥中の玉。
 非常によく似通った品種が多く、言葉で説明することがむずかしい。同じ条件で栽培することで、その違いを知ることができる。)

類似品種を辿っていけば、最後は何たる言い草。
鈴鹿氏が何か綴っていたら対比法が使えたであろうに、主観が尽き果てた末の本音というべきであろう。
なんとも情けない専門家。さくらそうへの愛情の不足を垣間みる思いがした。
web上に「雨竜」の画像無し。
「嵐山」の読み方は「あらしやま」だと思うのだが「武蔵嵐山(らんざん)」というのも在った。同品種か否か、私には判らない。
人気の品種を育てるのも良いが、web上に載ってないような品種を集めて育てるのも一興かと思う今日この頃。





埼玉県花と緑の振興センターHPによると、「泥中の玉」の類似品種は「隠れ蓑・花孔雀」となっていた。



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