2009年11月20日

福寿草の歴史

歴史というほどではなくて、江戸時代がどうのこうのと書いてあったので、整理する目安の一つとして。(^^;

新しいカテゴリー『福寿草の勉強』を造ったので、そちらをクリックしてみてください。
(文字数多くて見るの面倒なので、リンク張りました。)
22.福寿草諸々
21.福寿草の参考サイト
20.福寿草は毒草
19.福寿草は傾熱性
18.福寿草の病気と害虫
17.福寿草栽培は難しい
16.福寿草栽培は簡単
15.福寿草の肥料
14.福寿草の水やり
13.福寿草の用土
12.福寿草の増やし方
11.福寿草の育て方
10.福寿草の露地植え
9.福寿草の植え替え
8.福寿草は正月の花
7.福寿草の種類
6.福寿草の歴史
5.福寿草の葉と根
4.福寿草の花
3.学名別名特徴など
2.名の由来と伝説
1.福寿草を検索


フクジュソウは新年を祝う招福の花です。
縁起をかつぎ、正月の祝い花としてお飾り用とされ始めたのは、江戸時代の元禄あたりから。当時は、園芸品種もたくさん作られたようです。
江戸のころもお正月に飾っていたらしいですよ。盛んに品種改良がおこなわれ、多数の園芸種が生まれたそうです。
いわゆる「古典園芸植物」で、江戸の大園芸ブームでは200種以上の品種が作出されているそうですが明治以降それらの品種の多くは絶えてしまったそうで、残念です。それでもいくつかの品種は残って、今に伝わっています。

古くから正月の縁起飾りとする風習が広まり、盛んに品種改良が行われ、江戸時代前期には既に多数の園芸品種が作られていたとされる古典園芸植物です。
フクジュソウは江戸時代から園芸植物として知られ、赤花系・白花系・緑花系・段咲き系に加えて、一重・八重・万重など、今でも40あまりの品種が栽培されている。
名前もおめでたいですが実際寿命の長い植物で、江戸時代からの品種もいくつか伝えられています。江戸時代後半には育種が進みたくさんの品種がありました。

・種類
基本の花色は黄ですが、日本独自の品種改良が進み、白,黄褐,紫褐,榿紅などがあります。また、花形も一重、二重、八重、万八重と種々存在します。最も品種改良が盛んであった江戸時代には、126種もの品種があったそうですが、現在は42品種ほどが保存されています。最も有名な品種は「福寿海」で、フクジュソウの代名詞的存在です。その他、「紅撫子」「爪折笠」「三段咲き」などがあります。
また、近縁にはヨーロッパ原産のナツザキフクジュソウ(Adonis.aestivalis)
やナツザキフクジュソウよりやや小型のアキザキフクジュソウ(Adonis.annua)
があります。


フクジュソウは旧暦の元日に咲く黄金色の花です。このため 春(福)を告げる草、「福告げ草」と言われていました。けどゴロが悪いので「告げ」に代わって「寿」の字があてがわれ、「福寿草」というめでたい名前になりました。
新年を祝う草花として江戸時代から、お正月の床飾りの寄せ植えや鉢物として親しまれており、元日草の別名もありますが、これは、旧暦の話で新暦では2〜3月に咲きます。

江戸時代から園芸品種化され、元旦草ともよばれ、正月の鉢花として親しまれてきた。
書物などに登場するのは江戸時代になってからです。
江戸初期の俳人、池西言水(いけにしごんすい)は
『福寿草一寸物の始めなり』
と詠んでいます。一寸とは約3cmですが、このような小さな植物を鉢植えにした盆栽を“一寸物”と呼びます。言水は、この小さなフクジュソウを新しい年、物事の始まりととらえ、溌剌(はつらつ)とした雰囲気を詠んでいます。江戸後期になると、フクジュソウは大流行し、園芸品種が200種以上作出されていたようです。ほとんどは、秩父山塊に自生しているフクジュソウの中から珍花を選別したものだと考えられています。しかし、明治時代には、貴重な品種がしだいに失われてしまいました。

品種改良の歴史は古く江戸時代より行われてきており、
江戸時代から、栽培されています。
◇ 黄色系、赤花系、変わり咲きの段咲き系など、様々な品種がある。
◇ 正月用の鉢植えとして、江戸時代から盛んに栽培されている。

ことに人気はフクジュソウです。江戸時代の正月(旧暦)は今の暦の2月ごろ。早咲きのフクジュソウが咲き始めるころです。正月に鮮やかな金色の花を咲かせる貴重な草花ですから、元日草とも呼ばれ、江戸時代はじめから栽培されました。また福を招き長寿を願い、「福寿草」と名づけて喜ばれたそうです。
品種改良も盛んに行われ、幕末に出版された「本草要正」には100以上の品種が記録されています。花色は黄、赤、橙(だいだい)、白など。一重咲き、八重咲き、花の中心に緑色の花びらがでる三段咲きなどもあります。

【多くの品種が楽しめます】 フクジュソウは、江戸時代、中でも文化年間のころ、“変わりもの”を観賞する
ことが流行しました。キンポウゲ科のフクジュソウは野生品種に変異が多く、この時代、多くの園芸品種が
選抜され、また多くの品種が作り出されました。その中には、花弁がはじめ白色で、しだいに黄色みを帯び
てくるもの
のように花弁の先が深く切れ込みがあるもの、また、八重咲きのものから二段咲き、三段咲きのものまで見
られます。現在、約50品種が保存されていると言われていますが、その中には赤花の「秩父錦」
の「弁天」、花弁の先が切れ込む「撫子」などの品種があります。

フクジュソウは江戸時代から園芸種として大切に育てられ多数の品種がつくられてきました。特に,お正月に福寿草をかざる風習は江戸時代からありました。

昔から人気が有り、江戸時代からたくさんの園芸品種が作られてきました。
古くから、旧正月の鉢物として親しまれており、元日草、賀正草、報春花など新春にちなんだ別名を持っています。また、春真っ先に咲くことから「マンサク」とも呼ばれています。江戸時代のはじめから観賞用に栽培され、品種改良などが盛んに行われたことから100種類を超える園芸品種があったといわれており、日本の伝統的な園芸植物の一つとされてきました。しかし、そのほとんどが途絶えてしまい現存するものは数えるほどしかありません。

福寿草の栽培の歴史は古く、江戸時代より多数の園芸品種も作られている古典園芸植物で、緋色や緑色の花をつける品種もある。桑畑で桑の木とともに栽培する方法がとられるようになったことから、養蚕農家の副業として広まり、養蚕が盛んであった埼玉県が福寿草の生産地として知られるようになりました。

江戸時代には126もの品種がつくられ,日本独特の園芸植物でもある。現在,42品種が保存されている。
●古く珍しい福寿草、秘蔵の品種(群馬県・東邦植物園HP)
http://www.touhou-en.com/fuku_g.html


福寿草
フクジュソウ(福寿草)ほどおめでたい名前の植物はないですよね。 ちょうど旧正月の頃に黄金色の花を咲かせるので、江戸時代からお正月のお目出度い植物として珍重されてきました。
暦が変わって自然環境では現代のお正月には花は咲いていませんが、 園芸店などではお正月飾りとして年末にも販売されています。
■[植物]春を告げる森の妖精・・その3 「福寿草(フクジュソウ)」 
節分草と同じ仲間のキンポウゲ科の多年草でお正月に飾る「フクジュソウ(福寿草)」は名前からしてめでたく、
ガンジツソウ(元日草)とかツイタチソウ(朔日草)とも呼ばれるそうです。
福寿草という名も新春を祝う意味があり、日本では江戸時代よりいろんな品種がつくられているそうです。
赤い実のヤブコウジと一緒に梅や松の根元に寄せ植えにした植木鉢を飾って新春の祝飾りにしてきた歴史があります。
黄色は福を招く花としても喜ばれたそうです。赤い南天との寄せ植えでは「難を転じて福となす」と縁起をかつぐものもあるそうです。

福寿草の栽培の歴史は古く、江戸時代に遡るといわれています。桑畑で桑の木とともに栽培する方法がとられるようになったことから、養蚕農家の副業として広まり、養蚕が盛んであった埼玉県が福寿草の生産地として知られるようになりました。今では、埼玉県を代表する花の1つに数えられ、県内でも、花園町、川本町、そして小川町で町の花に指定しています。
埼玉県小鹿野町の四阿屋山(あずまやさん)の福寿草は、標高600メートルの山の斜面に群生しています。その数は、およそ3万株。

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