2011年01月25日

vol.6 世界のプリムラ編集委員会.1

世界のプリムラ編集委員会編 『世界のプリムラ』2007年3月22日発行 誠文堂新光堂 4200円。

今回『vol.1 鳥居恒夫』から『vol.5 田村景福』まで
『世界のプリムラ』を見ることなく書いてきたが、
ついでだから、最後に『世界のプリムラ』を見て終わろうと思う。

『世界のプリムラ』を今改めて見てみると、つくづく実感するのだが、
装丁は立派で大きな本だが、内容に値段の価値を価値を感じず、わざわざ買うまでもなかった。
加藤亮太郎著『日本桜草』(加島書店)昭和34年5月発行
昭和15年11月1日発行『農業世界十一月号付録 桜草の作り方』
『上原梓・佐々木尚友 共著 栽培秘訣 桜草の作り方』(博文館)
この2冊の方が断然面白い!

世界のプリムラ編集委員会の編集委員代表からして単なるさくらそう愛好者の一人でしかなく、
さくらそうに魅せられた編集委員代表の熱意だけで出来てしまった本という印象。
各ジャンルで詳しい方が記事を書かれているが、
ページ数の関係で中味は薄く、桜草の園芸品種や栽培歴史考察もバラバラ。
ご本人の著書やBlogに既に書かれている内容ばかりである。


『世界のプリムラ』は総ページ数256ページだが、
日本桜草に関するページ数は、さくらそうの写真23ページ、文献39ページほどで、全体の24%でしかない。

唯一面白かったのは生井兵治氏の『「あご・ほっぺ理論」への誘い』。10ページ。
あとは既に本やBlogに載っていることの寄せ集め。
・さくらそうの写真21ページと品種名を掲載している4ページは、
 鳥居恒夫氏が世話人代表を努めているさくらそう会の認定品種ばかりなので
 品種名と読み方も鳥居著『色分け花図鑑 桜草』と同じ内容。
・加茂川花菖蒲園の八重咲きさくらそうの画像2ページと誕生から現在までの経緯を一江豊一氏がつづった3ページ。
 もうしわけないけど、八重咲きさくらそうの誕生話しから販売までの経緯なので、興味無し。
・鷲谷いづみ女史や本城正憲氏、大澤良氏のさくらそうの研究内容が8ページ。
 各自の著書からの抜粋的要約内容なので、本を買って読めば済む話し。本を持っている人にとっては不要なページ。
・浪華さくらそう会の山原氏が桜草栽培史を2ページ書かれているが、ページ数少な過ぎでしょう。
 中味は濃いのですが如何せんページ数に問題あり。山原氏のBlogに詳しいので、そちらを読んだ方がスッキリする。
・さくらそうの栽培 伊丹清氏が3ページ。栽培の重点と観賞の指針 中嶋克己氏3ページ。
 鳥居著『色分け花図鑑桜草』、鈴鹿冬三著『日本サクラソウ』などを読めば充分な内容。


高山植物としての日本産サクラソウ属に関する記述もあり、その分野が好きな人には、貴重な文献かもしれませんが
それでもページ数は少なく、内容は薄いので、買わないと思います。
下記のような研究結果を読んでいた方が勉強になると思います。
北海道におけるオオサクラソウ(Primula jesoana)の 葉緑体ゲノムの遺伝的変異
佐 藤 由 佳・我 妻 尚 広・岡 本 吉 弘
http://clover.rakuno.ac.jp/dspace/bitstream/10659/1659/1/S-35-1-77.pdf

生井兵治氏の「あご・ほっぺ理論」も、知らなかっただけの話しで、
『あご・ほっぺ理論』『生井兵治』でネット検索すると幾つか出ているので
それを読めば、ますます『世界のプリムラ』を買う必要はなくなることでしょう。


上記以外の内容は、さくらそう会世話人の伊丹清氏による、さくらそう会に関する記述に割かれています。
栽培の経緯や歴史は前出の山原氏の「桜草栽培史」と重なっていてページの無駄。
「世界のプリムラ」というタイトルの本なのに、民間組織さくらそう会の紹介を4ページと私物化。
さくらそう会の会報誌の内容を掲載するとは、それを許した編集委員会に問題あり。
さくらそう会のPRに、鷲谷いづみ女史や浪華さくらそう会は当て馬として、利用されただけではないのかしら。

伊丹清氏がさくらそう会をつづった項の中には、いくつか興味深い内容が書かれています。
『世界のプリムラ』194ページ 日本桜草会の創立の項
明治から大正にかけ、このような状況を憂慮した同士が集まり、大正7(1918)年に「日本桜草会」が創立された。

鳥居著「色分け花図鑑 桜草」に
田村景福氏の夕陽紅と瑶台の夢の作出年代が大正7(1918)年と記載されていたのは
これのことだったんですね。

『世界のプリムラ』194ページ 発起人列伝の項
大鐘あぐりは(中略)、惜しいことに関東大震災ですべて灰燼に帰したが、小石川に移転して再び収集を始め、云々。

全て灰燼に帰したのか、一部の品種は残ったのか。0と1は、大きな違いですよ。
加藤著『日本桜草』:大正12年の大震災に会われ、多くの品種を失われました。
『農業世界十一月号付録』20ページ:大震災のために沢山の種類を失わてしまいました。

『世界のプリムラ』195ページ さくらそう会の特色と事業の項
さくらそう会を創立(昭和26年12月)させた大山玲瓏氏のことについて
『『農業世界』の名編集長といわれらただけに、云々。』と書かれている。
今回私が参考にした『農業世界十一月号付録』も、きっと大山玲瓏氏が編集長だったのでしょう。
だとすると、大鐘あぐり所有の桜草が
『関東大震災ですべて灰燼に帰した』という伊丹清氏の記述内容は、ウソということになりますね。

『世界のプリムラ』195ページ 種苗配布、交歓会の項
『(前略)、花時には鳥居恒夫世話人代表が参上して品種の同定を行い、品種の間違いが起こらないよう努めている。』

栽培者宅に押し掛け、個人が同定を行う行為は問題があると感じる。
パワーハラスメントと同じで、これでは意見も言えないは当然であろう。
ゆえに身勝手な品種改名行為がまかり通ってきたのでしょうね。
展示会場などで広く意見交換の場を持ち、同定すべきであろう。



以上、Blogネタとして『vol.1 鳥居恒夫』から『vol.6 世界のプリムラ編集委員会』まで書いたところで
私が所有している資料は全て出尽くしたので、これで終わります。
此処までBlogタイトルに『vol.』を用いてきましたが、
これは本や雑誌でいうところの、巻や号にあたります。
1巻から7巻まで書きながら、肝心の本のタイトル=シリーズタイトルがありませんが、
敢えてつけるとしたら、村上春樹の羊をめぐる冒険をもじって、「遥台の夢をめぐる冒険」かしら。

元々の発端は
『「瑶台の夢」が正しく、「遥台の夢」では間違い。』
『漢詩から出典されたもので、瑶台でなければいけない。』
という諸先輩と資料に対して、作出者である田村景福に夏目漱石を交えた仮説を思い立ち
『瑶台の夢は、本当は遥台の夢ではないのか。』と戯言を述べて終わるはずでした。
愉快な仮説を思い立ったことにワクワクして、
Blogに書くことを楽しみにしながら資料をめくり始めたのですが
『神風』『高砂染』『丹頂』のような真実に出遭ってしまいました。これは洒落になりません。
その結果、不本意ながらネガティブな内容になってしまい、書いていて疲れました。

『世界のプリムラ』に寄稿されている、さくらそう会の伊丹清氏は
当たり前の話しですが、たくさんの資料(文献)を読まれており、子細に分析されて原稿を書かれています。
二代目伊藤重兵衛が萬延元申年閏三月吉日『桜草名寄控 染植重』(1860年)の210品種と
四代目伊藤重兵衛が明治40年1907年『櫻草銘鑑』に掲載されている286品種を照らし合わせ、
二代目記載『うか連仙人』を『東雲』に、
二代目記載『雪世界』を『満月』に改名している。
と『世界のプリムラ』193ページに書いています。
実に細かく調べておられることを感じさせますが、
何所かに改名した旨を記した資料があったのでしょうか?
根拠を示さず持論を展開するこの発想は、
明治40年1907年『櫻草銘鑑』に掲載されている『丹頂:紅中輪』を
さくらそう会が、花弁の裏は濃い紅色、表は純白色の花を
勝手に『丹頂』と認定登録した発想と、同じではないのでしょうか?

私は僅かな資料を読んだだけで、『神風』『高砂染』『丹頂』のようないい加減な品種改名行為に気づけました。
鳥居氏や伊丹氏は、歴史的資料を広く読まれえているのですから、このような矛盾に気づいていたはずです。
それなのに史実を歪めた改名行為を何故繰り返し行うのか、全く理解できません。
鳥居氏と伊丹氏が世話人を努めているさくらそう会の会員のみなさんは、如何思いますか?
さくらそう会の会員のみなさんも、資料を見比べて、広く意見交換なされることをお薦めします。

さくらそう界の将来のためにも、今の内に誤りを正し、正しい情報を後世に伝え残していきたいものです。

加筆
サッカーアジアカップの日韓戦を観ながら、
山原氏のBlogに、『最上川』と『名取川』という品種名が載っていたことを思い出した。
何かの資料に記載された品種名を紹介した内容だった。

何の資料だったのかと気になり出したので、探してみたら、
これこそが萬延元申年(1860)閏三月吉日『桜草名寄控 染植重』だった。
浪華さくらそう会会長山原氏のBlog『日本の桜草と美術』
2009年03月20日カテゴリ桜草栽培史
桜草栽培史34 桜草名寄控翻刻
さくらそう会認定「丹頂」は、『鶏頭』ではないのか?
と疑う私は、最上川の下流が庄内平野なので
庄内白=「最上川」とも考えたりしている分けで、気になっていた資料の1つでした。

山原氏のBlog、カテゴリ桜草栽培史には、とても詳しい資料考察が書かれています。
関心ある方は是非ご覧下さい。

山原氏のBlogに掲載された『桜草名寄控 染植重』を改めて観てみると、
二代目記載『うか連仙人』を『東雲』に、
二代目記載『雪世界』を『満月』に改名したことが記載されていました。
品種名を代えたことは、伊丹氏が資料を照らし合わせることで発見した史実でも何でもありませんでした。

『世界のプリムラ』193ページには
『一部改名さしていることが解明できた。』と書かれていたのを
私が伊丹氏が解明=発見と、勝手に解釈してしまっただけだが、
資料に「解明した」と書かれていることを、「解明できた」とは、普通言わないでしょう。
鳥居氏と伊丹氏は、何所までも自己顕示欲が強いですね。  

Posted by さくら at 19:00Comments(0)日本桜草について